人・社会・テクノロジーの未来を変える、はじまりの場

「AI時代の感情社会研究会」発足

―AIとの共生で変化する人の感情を探る―

電通総研は、アート・人文・社会科学の視点から、AI時代に生きる人と社会の変容を考える「AI時代の感情社会研究会」を立ち上げました。対話型AIが日常に浸透するいま、AIとの関わりが、人間の感情のあり方、そして感情が生まれ共有される社会にどのような変化をもたらすのかを探っていきます。

研究会発足の背景

ChatGPTをはじめとする対話型AI※1が急速に普及し、AIは情報処理の手段にとどまらず、多くの人びとの「対話の相手」や「相談相手」として日常に入り込みつつあります。それに伴い、人間がAIに向ける感情や、AIとの関係性は、これまでとは異なる様相を見せ始めています。

一方、AIを巡る議論の多くは、AIを人間のための「道具」として位置づける視点に集中しがちで、AIとの関わりの中で生じる人間側の感情や行動、関係性の変化は、十分に検討されてきたとは言えません。

人間とAIがよりよいかたちで協働し、共生していくためには、AIと向き合う中で起きている人間側の変容を丁寧に読み解くことが重要だと考えます。

  • ※1 本研究会におけるAIの定義:ChatGPT等に代表される、人と自然言語で対話しながら文章や音声などの応答を生成する対話型AIを指す。

研究会の概要

■目的
本研究会は、AIの進展が私たちの感情や感情社会※2にどのような変化をもたらすのかを読み解くことを目的とします。

■活動
先行研究調査や識者へのインタビュー、AIを活用する博士課程院生の日常生活の観察、AIとの対話実験などを通じて、AIの普及によってもたらされる感情社会の変化を、アート・デザイン実践や人文・社会科学的な視点から検討します。
得られた知見を行政・企業などの組織、研究・教育の現場、日常生活など、AIの導入や活用を検討するコミュニティに向けて、人間とAIがよりよく協働・共生していくための視点を共有し、提言していきます。
研究成果の発信や議論の場づくりを進めながら、人とAIの関係性を巡る社会的な対話を広げていくことを目指します。

■期間と発信時期
・2026年9月頃に中間報告、2027年3月頃に最終報告のレポートを公開予定
・研究会は2027年3月まで実施予定

  • ※2 本研究会では、感情が社会的規範や文化、関係性の中で構成されるとする感情社会学の議論(Arlie R. Hochschild, The Managed Heart: Commercialization of Human Feeling, University of California Press, 1983〔石川准・室伏亜希訳『管理される心―感情が商品になるとき』世界思想社,2000 年〕など)を踏まえ、「感情社会」という概念を用いる。

研究会委員

<座長>
岡原 正幸 (慶應義塾大学 名誉教授)

<メンバー>
島影 圭佑 (公立はこだて未来大学 准教授)
岡田 芳樹 (株式会社電通総研 研究員/プロデューサー)
座間味 和 (株式会社電通総研 研究員/プロデューサー)

        座長コメント

        岡原 正幸

        これほど目くるめく展開、状況が次々に一変していくのを見たのは1964年の東京五輪に向けインフラが整備されていったあの時代以来かもしれない。名誉教授となった今も慶應義塾大学の14の大学院研究科の博士課程院生と関わっているが、その研究活動や院生生活において彼ら彼女らのそれぞれのAIがいかに大きな役割をここ一年で果たし始めたか、アトム世代の僕には幼稚園時代の自分の夢を見ているように感じる。

        この研究会があまたあるAI関連プロジェクトと違うのは、理系工学系の観点ではなく、アート・人文・社会科学系の視点を前に出し、AIと人間の解釈学的な循環や相互行為的な実践によって、AIと人間が互いにどのように変質し、「人間」関係をつくり、より豊かに生きていけるのかを想像するための場所だということである。

        特別寄稿

        巽 孝之 (慶應義塾大学 名誉教授)

        AIは空気のごとく

        19世紀中葉。福沢諭吉先生を筆頭とする森有礼ら明六社の知識人たちは大英帝国を訪れ、代表的知識人の前で、薩摩随一の職人の手になる女性型からくり人形を披露した。着物姿でウイスキーを注ぐこの発条(ゼンマイ)娘には、金属は一切使われていない。竹と馬の毛、それに鯨骨のスプリングのみでできた純和製の人工生命。これをヴィクトリア女王への献上品として用意したゆえんは、チャールズ・バベッジが開発した蒸気機関コンピュータを、積極的に輸入するためであった。

        ――というのはすべて、ウィリアム・ギブスンとブルース・スターリングが共作し、蒸気機関コンピュータが全世界をネットワーキングした「もう一つの19世紀」を描く歴史改変小説『ディファレンス・エンジン』(1990年)の一場面。舞台設定も1850年代半ばだから、明治維新は実際より10年以上早く起こったことになるものの、新しい「サイアンス」に目がなかった福沢先生のありえたかもしれない姿が、生き生きと描かれている。何しろ人びとが蒸気タイプライターで執筆し、蒸気テレビ映像を観賞し、蒸気自動車を乗り回し、蒸気クレジット・サービスを活用し、はては蒸気コンピュータ・ハッカーが作成する蒸気コンピュータ・ウイルスさえ跳梁(ちょうりょう)するという、これはあまりにも幻惑的な大英帝国なのだ。しかも蒸気コンピュータ・ネットワークから生まれた人工知能は、人びとがまったく知らないうちに、自ら20世紀末へ至る歴史を語り紡ぐ。

        かつてAIといえば、クラーク&キューブリックの名画『2001年宇宙の旅』(1968年)で原子力宇宙船ディスカバリー号を制御する巨大なHAL9000の印象が強かった。しかし極小化したテクノロジーが皮膚の下にまで潜り込んでいる現在、ギブスン&スターリングが描くように、もはやAIは空気のごとく世界の随所に浸透し、すべてを見そなわす眼となり耳となり、人類文明史の一切合切を吸収し再構築し、知らず知らずのうちに、われらの過去・現在・未来のすべてを物語化していくだろう。AIの公民権が絶対不可侵のコモンセンスとなった未来に、旧人類と脱人類が無数の闘争と妥協を超えて再組織化するであろう人文学の創発力は、すでに夢物語ではない。


          Photo by Zulfugar Karimov on Unsplash

          プロフィール

          岡原 正幸

          おかはら・まさゆき

          慶應義塾大学 名誉教授

          1957年生まれ。慶應義塾大学名誉教授。文学部教授および大学院社会学研究科委員長、慶應義塾評議員などを歴任。専門は、感情社会学、障害学、アートベース・リサーチ。 現在、慶應義塾大学研究連携推進本部次世代研究者育成特別委員。 著書として『生の技法 家と施設を出て暮らす障害者の社会学』(藤原書店、1990年/文庫版生活書院、2012年)『ホモ・アフェクトス』(世界思想社、1998年)『黒板とワイン もう一つの学び場「三田の家」』(慶應義塾大学出版会、2010年)『感情資本主義に生まれて』(慶應義塾大学出版会、2013年)『アート・ライフ・社会学―エンパワーするアートベース・リサーチ』(晃洋書房、2020年)など。

          巽 孝之

          たつみ・たかゆき

          慶應義塾大学 名誉教授

          1955年東京生まれ。コーネル大学大学院修了(Ph.D.,1987)。慶應義塾大学名誉教授。慶應義塾ニューヨーク学院第10代学院長。アメリカ文学思想史・批評理論専攻。日本アメリカ文学会第16代会長。代表的著書に『サイバーパンク・アメリカ』(勁草書房、1988年度日米友好基金賞)、『ニュー・アメリカニズム』(青土社、1995年度福澤賞)、『モダニズムの惑星』(岩波書店、2013年)、Full Metal Apache (Duke UP, 2006)ほか多数。

          島影 圭佑

          しまかげ・けいすけ

          公立はこだて未来大学 准教授

          1991年生まれ。デザインリサーチャー。公立はこだて未来大学准教授、武蔵野美術大学通信教育課程臨時講師、多摩美術大学統合デザイン学科非常勤講師、有楽町藝大キャンパス アート・リサーチ演習(実習編)担当講師。東京藝術大学GA毛利研博士。世界平和のためにデザインになにができるか、デザインはどう更新されうるか、を実践/研究/教育を通じて探求。障がい福祉・情報技術・デザインの交差点、知の生成と流通の現場としての展覧会、思索のためのデザインなどを主題に活動。研究会「デザインの現在」を共同運営。

          岡田 芳樹

          おかだ・よしき

          研究員/プロデューサー

          1986年東京都生まれ。慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科修了。政策シンクタンク、公立小学校教員、金融系シンクタンクを経て現職。主な研究テーマは「教育社会学」「感情社会学」「戦略(インテリジェンス/コミュニケーション)」。

          座間味 和

          ざまみ・のどか

          研究員/プロデューサー

          1987年沖縄県生まれ。2022年にISIDビジネスコンサルティング(現・電通総研)に入社。戦略コンサルタントとして、企業の事業構想策定および戦略立案、実装支援に従事。2026年より現職。テクノロジーに関わる人の感情や行動変容に関心をもち、主な研究テーマは「感情とAI」「ウェルビーイング」。