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DAT戦略とは

新たなテクノロジーが生み出す企業価値の新たな源泉

暗号資産(仮想通貨)を含むデジタルアセットの存在感が高まる中で、企業財務においてDAT(Digital Asset Treasury)戦略が新たな選択肢として注目されている。これは単なる保有や投機ではなく、デジタルアセットを戦略的に活用することで企業価値の拡張をし得るものと言える。一方で、その実行にはリスク管理やガバナンスをはじめとした、企業利用に堪えるインフラの構築が欠かせない。近年、この領域の基盤が整備されつつあり、実務導入のハードルは徐々に低下している。デジタルアセットの台頭と財務・事業戦略の融合が進む中、企業は自社に適した知見と基盤の整備を急ぐ必要がある。

はじめに

近年、Strategy社やMetaplanet社などの公開企業が、財務戦略にビットコイン等のデジタルアセットを組み入れている点で注目を集めてきた。これらの企業は、デジタルアセットを保有し、その内容を積極的に開示している点で共通している。Strategyがビットコインを購入し始めた2020年頃は、そういった行動が投機的な動きと捉えられることもあった。しかし、本稿執筆時点(2025年11月末)の同社のIRメッセージを見ると、その取り組みは単なる投機を超え、企業財務における戦略的意義を帯びてきている。また、こうした動きに呼応する形で「トレジャリー」という言葉がデジタルアセットの文脈で用いられることが増え、「デジタルアセット・トレジャリー(DAT)戦略」という概念として議論されるようになってきた。

“Strategy (Nasdaq: MSTR) is the world’s first and largest Bitcoin Treasury Company. We are a publicly traded company that has adopted Bitcoin as our primary treasury reserve asset. By using proceeds from equity and debt financings, as well as cash flows from our operations, we strategically accumulate Bitcoin and advocate for its role as digital capital. Our treasury strategy is designed to provide investors varying degrees of economic exposure to Bitcoin by offering a range of securities, including equity and fixed-income instruments.”
Strategy社のIRメッセージより

トレジャリー戦略とは

トレジャリーとは、企業において資金・流動性・為替・債務などを統合管理する機能または部門を指す。その戦略は「会社のお金を安全かつ効率的に使用するための設計」を意味し、キャッシュフロー管理や為替リスクの低減に加え、余剰資金の適切な運用なども含む。

特に運用面では、リスクフリーレートや各種インデックスと比較して持続的に上回る成果を上げることが求められる。そのため、市場構造の理解やアセットクラスごとの特性把握は不可欠である。

近年、株式市場ではAIブームを背景に、いわゆるマグニフィセント・セブン(Google、Apple、Meta、Amazon、Microsoft、Tesla、NVIDIA)が主要インデックスを凌駕するパフォーマンスを示し、大型テック企業の存在感が増している。企業によってリスク許容度は異なるものの、トレジャリー戦略の観点では、こうした市場変化を踏まえたポートフォリオ設計がますます重要になっている。

デジタルアセット・トレジャリー(DAT)戦略とは

こうしたトレジャリー戦略にデジタルアセットを組み合わせたものが、DAT戦略である。

ビットコインは長期的に成長を続け、ステーブルコインも技術・規制の進展とともに実利用が拡大している。DeFi(分散型金融)が TradFi(従来型金融)の領域に影響力を持ち始め、金融機関による トークン化資産(RWA)の取り扱いも進展している。

米国ではGENIUS Actに続きCLARITY Actの制定が見込まれ、デジタルアセットの区分・規制の明確化が進むことで、機関投資家や事業会社が扱いやすい環境が整いつつある。

このように、マグニフィセント・セブンが投資戦略のキーセクターとして注目されるのと同様に、デジタルアセットも財務戦略の重要テーマになりつつある。

また、DAT戦略を実行する手段も以下のように多様化している。

  • デジタルアセットを直接保有する
  • 関連ETFを通じてエクスポージャーを得る
  • StrategyやMetaplanetなどのDAT企業株を保有する

企業はこれらの選択肢を踏まえ、自社の方針に合った手段を検討することが可能になってきている。

DATの価値に関する議論

Strategyは自身を「Bitcoin Treasury Company」と表現しているが、一般的に企業がビットコイン等を財務資産として直接保有する場合、ガバナンス・規制あるいは具体的な実行手続きにおいてもハードルが多い。一方、株式であればこれまで行ってきたやりかたをそのまま適用できる。そのため、DAT企業の株式を保有することは、その企業が多く保有するデジタルアセットのパフォーマンスを、株式という形式で間接的に取り込む手段となる。

投資家側から見ても、自らデジタルアセットを保有・管理する手間やリスクを回避できる利点がある。そこで重要なのは、実際にアセットを保有する場合と、DAT企業の株式を保有する場合とで、どちらが高いリターンを期待できるかという点である。

その評価指標の一つが、mNAV (market Net Asset Value)である。

これは企業が保有するデジタルアセットを市場価格ベースで評価した純資産価値で、簿価NAVとは異なり市場価格の変動を即時・連続的に反映する。mNAVの算出式は、対象(企業か特定のアセットかなど)によって若干異なったり、総額で示すか率で示すかなどいくつかの考え方があるものの、DAT企業においては、一般的に以下の式で表される:

mNAV(%) = 企業価値 /(保有資産の市場価格合計 – 負債)

また、これを基にDAT企業の株価の評価としてmNAVプレミアムと いう考え方があり、mNAV(倍率)から1を減じることで表される:

mNAVプレミアム(%) = mNAV – 1

mNAVプレミアムについては、実際に保有するデジタルアセットの将来価値期待といった定量的なところから、その企業のブランド・ストーリーといった定性的なところまで、様々な要因が考えられる。

このプレミアムの源泉について、ARK Investの整理によれば、ETF保有と比較した際のDAT企業の優位性が以下の点にあるとされる。

  • Revenue / Staking Yield
    Ethereum(ETH)・Solana(SOL)などステーキング可能なアセットの場合、プロトコルから利回りを実質的にリスクフリーレートとして得られる。ETFなどでは規制面や、当該アセットのステーキング設計(ステーキング解除のための待機期間要件等)が流動性要件と合わない制約がある。
  • Speed of accumulation / Velocity
    DAT企業ではATM(At The Market)などの株式発行により、それを原資としたデジタルアセットの段階的購入を通じて、原アセットの価格上昇よりも速いペースで1株あたりのデジタルアセットを増加させることができる。
  • Liquidity and Inexpensive Capital
    該当DAT企業の株式が高い流動性を持っていれば、資本コストを低下させるために、デジタルアセットを購入するための資金調達コストも低くなり、プレミアムを強化するフライホイール効果を生み出す。
  • Optionality
    ETFと異なりDAT企業は、大口割引でのトークン取得・他DAT企業のM&A・TradFiとの裁定など、多様な戦略行動が可能となる。

もっとも、こうした観点は資産価値の上昇を前提とするためリスクも大きい。しかし上記の整理の要諦は、ETFと異なりDAT企業はデジタルアセットを受動的に保有するだけの「ラッパー」ではなく、アセットへのエクスポージャー拡大やプロトコル利回りの獲得、動的な資本配分を可能にする主体となり得る点にある。

下図に示す主要デジタルアセット価格(ドル建て)は短期的な変動が大きいものの、5年程度のスパンでは上昇傾向にあり、中長期的に高いリターンを生んできたことはおおむね事実である。こうした背景から、前述のプレミアムが成立しているとも考えられる。ただし、市場は歴史が浅く、過去データのみでは将来を十分に予測できないうえ、規制・技術・市場環境の変化によって前提が崩れるリスクもある。実際に本稿執筆時点(2025年11月末)にて、ビットコイン価格の下落局面において、Strategyの株価およびmNAVに影響がみられた。従来、ビットコイン積み増しを中心とする戦略をとっていた同社であったが、その後、売却による流動性確保などの対応に言及している。

BTC価格の推移(出典:Google Finance)
ETH価格の推移(出典:Google Finance)

企業のDAT戦略を支えるインフラ

企業のDAT戦略を支える裏側でも、テクノロジーが進化し対応が進んでいる点に触れておきたい。DAT戦略の検討にあたっては、企業がデジタルアセットを安全かつ効率的に扱える体制を整備していることが前提となる。市場や規制の整備と並行して、この運用基盤を支える技術も着実に発展してきた。特に、デジタルアセットの保有・移転・管理を担う企業向けウォレットは、個人向けとは大きく異なる要件が求められる領域である。

個人向けウォレットであれば以下のような前提がある:

  • 鍵管理は本人のみ
  • 1人で操作可能
  • 資産管理責任も本人
  • シンプルな送金・受取機能が中心

一方で、企業の場合は、主要なところでいえば次のようなニーズがある:

  • 秘密鍵の個人への依存排除(MPC: Multi-Party Computationやマルチシグなど)
  • 複数人にまたがる承認フロー
  • 監査ログ・権限分掌・リスク管理
  • 法規制(カストディ規制・会計基準)への準拠
  • 事業スケールに堪えるAPI・サービス統合・ワークフロー/自動化

現在のDAT戦略向けツールは、概ね以下の2つの起源を持つ。

ウォレットプロダクトからの進化

企業が自社でデジタルアセットを保有・運用するためのセルフカストディ基盤として発展してきたもの。秘密鍵管理・ワークフロー・送金オペレーションなど、企業内部の運用管理を安全かつ効率化することを目的に高度化してきた。

代表例

  • Fireblocks(海外)
    企業の暗号資産管理・送金・運用をまとめて扱える総合基盤
  • Dfns(海外)
    企業が自由度の高いウォレット及び運用基盤を開発・組み込みできる
  • Ginco (Enterprise Wallet)(国内)
    日本企業の業務・規制に適し、多くの導入実績を持つ

カストディサービスからの進化

金融機関や機関投資家向けに、第三者が資産を預かり、安全に保管・運用するための金融インフラとして発展してきたもの。規制順守・監査・コンプライアンスを前提に、大規模資産の保管とリスク管理を中心に強化されてきた。

代表例

  • BitGo(海外)
    カストディサービスとして歴史が長い
  • Copper(海外)
    取引所(カウンターパーティー)リスク低減モデルが特徴

このように、DAT戦略を現実の企業運用へと落とし込むための基盤は着実に整備されつつあり、企業は自社の業務・ガバナンス要件に合致したインフラ構成を検討することが求められる。

企業のDAT戦略の今後

これまで見てきたように、DAT戦略の意義やそれを実現するための制度的・技術的手段は整理されつつあり、従来のトレジャリーマネジメントと融合していく条件が整いつつあると考えられる。

こうした流れが進展すれば、DAT戦略を支えるインフラやツール群についても、更なる高度化が進むことが期待される。具体的には、既存のトレジャリーマネジメントツールとの統合が進むことが考えられるのではなかろうか。また、本稿執筆時点(2025年11月末)でも日本国内で暗号資産に関する規制や税制の見直しが議論されているように、現時点では国や地域によってデジタルアセットに関する規制や課税の扱いが異なっているが、こうした差異を乗り越え、複数の市場における状況を一元的に可視化・管理できる仕組みが提供されれば、企業や投資家にとってデジタルアセットの運用がより容易になることが想定される。

このような環境整備が進むことで、DAT戦略は特定の企業や先進的な取り組みに限定されるものではなく、オルタナティブ投資の一形態のように、トレジャリー運営の手段の一つとして位置づけられていく可能性がある。さらに、デジタルアセットが有する特性を踏まえれば、DAT戦略は単なるトレジャリー運営の枠組みにとどまらず、企業にとって新たな戦略オプションとなり、多様な事業価値を創出する契機となることも期待される。

さいごに

デジタルアセットは、技術の成熟や規制の明確化に加え、大手金融機関や企業による活用の広がりを背景として、企業のトレジャリー戦略における存在感を高めている。従来は投機的に捉えられることが多かったが、近年では中長期的な視点に立ち、資本政策や資産効率の向上に寄与し得る新たな財務オプションとして、その位置づけが拡張されつつある。

DAT企業等の評価に用いられるmNAVプレミアムの考え方は、デジタルアセットを戦略的にトレジャリーへ組み込み、資本構造や運用行動と結び付けることで、新たな企業価値の源泉が形成され得ることを示唆している。こうした戦略を実行するためには、MPCやマルチシグを用いた鍵管理、複数承認フローや監査ログの整備、さらには会計基準や金融規制への適切な対応など、企業固有の要件に即したインフラの構築が不可欠である。

これらの基盤が整備されることで、デジタルアセットは通常のトレジャリー業務に融合していくことが考えられる。他方で、デジタルアセット固有の特性は、単なる財務運営を超えて事業戦略に新たな選択肢を与え、価値向上に寄与する可能性を内包している。新たなテクノロジーが企業戦略や財務と高度に融合することで、企業価値の源泉は従来の枠組みを超えて多様化していくことになるだろう。