「社会や未来のために活動する人びと」に焦点を当て、活動の原点を探る企画「パイオニアの原点」――第9回は、日本円連動型ステーブルコイン「JPYC」を発行し、規制の壁に挑みながら金融の未来を切り開く挑戦を続けるJPYC株式会社 代表取締役 岡部典孝氏に話を聞きました。
聞き手:川村 健一、青山 公亮、鷲見 圭祐
JPYCの挑戦と岡部氏の原点
貴社がステーブルコインJPYCを発行するに至った背景と、現在注力している取り組みについて教えてください。
私たちは「社会のジレンマを突破する」というミッションを掲げ、日本円ステーブルコイン※1 の発行と普及に注力しています。現在は、金融庁登録の電子決済手段としてのステーブルコインや、信託型ステーブルコイン※2 のモデル開発など、規制対応と国際送金の実用化に向けた取り組みを強化しています。世界のデジタル決済やweb3サービス※3 では、米ドル建てステーブルコインが国際取引の標準になりつつありますが、日本円がデジタル経済圏で使われなければ、国際的なプレゼンスが低下する恐れがあります。世界で使われる日本円のステーブルコインを広めることが、私たちの使命です。
※1 ステーブルコイン(Stablecoin):米ドルや円などの法定通貨、または国債などの資産を担保に発行されるなど、価格変動を抑えるしくみを備える暗号資産の一つ。日本の資金決済法では「電子決済手段」として位置付けられている。ブロックチェーン上での決済や国際送金において、従来の暗号資産よりも安定した価値交換手段として注目されている。
※2 信託型ステーブルコイン:発行者が預かった法定通貨を信託銀行に信託し、その裏付けで発行されるステーブルコイン。資産が信託で分別管理されるため、発行者の破綻リスクを回避でき、利用者保護が強化される。日本では2023年施行の改正資金決済法により認められた方式の一つで、金融機関との連携により高い安全性を確保する。
※3 web3サービス:ブロックチェーン技術を基盤とする次世代インターネットサービスの総称。ただし、完全な分散型でなくても、ユーザー主権や暗号資産を活用するしくみを備えたサービスはweb3に含まれることが多い。代表例はNFT、DeFi、ステーブルコインなど。
大手もステーブルコインを発行しようと動いていますが、貴社はどのように独自性を出していこうと考えていますか?
大手はブランド力を生かし、独自性を打ち出したステーブルコインを模索しています。一方、私たちは、あえて特殊な仕様を設けず、グローバルスタンダードに忠実な設計※4 を採用することで、誰もが利用できる普遍的な選択肢を提供します。こうした役割分担により、利用者にとって選択肢が広がり、エコシステム全体の信頼性が高まると考えています。
※4 グローバルスタンダードに忠実な設計:国際的に広く共有されているステーブルコインの基本設計を指す。以下はその代表例。
・ 担保構造の透明性:ステーブルコインは裏付け資産(担保)によって価値を維持する。標準的なしくみは「1コイン=1法定通貨単位」を保証するものであり、ステーブルコインJPYCもこの枠組みに忠実に運用している。
・ 技術的な相互運用性:ブロックチェーンや決済システムにおいて国際的に通用するプロトコルや仕様に準拠する。現在、ステーブルコインJPYCはEthereum、Polygon、Avalancheの各ネットワークに対応している。
大手企業も注目する中、貴社が日本円ステーブルコインの第一号になれた背景は何だと考えていますか?
背景は二つあります。まず、私自身が大学在学中から「デジタル円」や「デジタルドル」のようなものをつくりたいという思いがあり、それが実を結んだこと。もう一つは、日本円は長い間無利子だったため、この領域は収益が上がらないと考えられていました。とはいえ、私たちは「誰かが日本円のステーブルコインをやらなければならない」という強い思いで、やり切る覚悟で取り組んできました。結果として、プレイヤーが意外といなかったことも大きな要因だと思います。
規制を動かす実践と哲学
日本のブロックチェーンの状況は、海外と比べて独特な印象があります。過去のWinny事件に象徴されるように、日本では規制が厳しく、金融業界も含め「出るくいは打たれる」「枠組みからはみ出せない」という守りの傾向が根強くあります。貴社は行政と共に基盤を固めながら切り開いているように見えますが、意識していることはありますか?
若い頃は「よいものをつくればそれでいい」と考えていました。しかし、Winnyを開発した金子勇※5 さんのように、世界のブロックチェーン業界にとっても大きな損失となる悲しい事例を見てきました。その経験から、規制がおかしければ変える動きが必要だと痛感しました。そこで私たちは、現行ルールを理解し、必要なら変えるという姿勢で取り組んでいます。
※5 金子勇(かねこ・いさむ、1970―2013年):日本のプログラマーで、2002年にファイル共有ソフト「Winny」を開発。技術革新の象徴的存在だったが、著作権法違反幇助の疑いで逮捕・起訴され、長期にわたる裁判を経て無罪が確定。この事件は、日本における技術者と規制の関係、イノベーションと法制度のあり方に大きな影響を与えた。
多くの人びとにとって、なかなかできない動き方だと思うのですが、規制を変えることができたのはなぜだと思いますか?
多くの人は、「ルールは天から与えられるものであって動かせないもの」という前提が強いように感じるのですが、私は「ルールは人間がつくったもの」なのだから、おかしいものは手続きを踏めば変えられると考えています。
特に金融のようにルールが厳格な領域では、「当局は認めないだろう」「規制当局から指摘されるに違いない」という思い込みが広がり、多くの人が学習性無力感に陥っています。一方、私は、ルールに明記されたことをそのまま実行します。例えば「Aという許可を取れば、この業務をおこなってよい」と明記されていれば、経験豊富な人ほど「この許可は事実上取得できない。国としてはやらないでほしいという意味だ」と考えがちです。しかし私は、そうは考えず、正面から許認可取得に挑み、「Aという許可をください」と直接交渉します。
貴社は、プリペイド式でステーブルコインJPYCを運用していましたが、当初は「現行ルールの中でできることをまずやってみよう」という発想から始めたのですね。
プリペイドの前に、実は2段階ほど準備をしていました。最初に取り組んだのは、古物商や古物市場主といった都道府県公安委員会が許可するライセンスを取得し、暗号資産で物を競る事業です。次に、市場で使えるステーブルコインを、金融庁の管轄外ぎりぎりの領域で実績を積み、実証実験をおこないました。
こうした取り組みを続けるうちに、金融庁も「これは金融庁の管轄ではないか」と考え始めるほどの段階に達しました。そこで金融庁との対話が始まり、議論を重ねる中で「これはルールを変えなければいけませんね」という話になり――。
ちょうどその頃、リブラ※6 の構想が世界で注目され、企業がステーブルコインを発行しようとしている状況が「通貨にとって脅威かもしれない」という議論を呼び、日本の国会でもステーブルコインJPYCが取り上げられました。こうしてステーブルコインの法整備の必要性が明らかになり、国会で審議されることに。結果的に、限界まで挑戦したことで国が動いたのです。
※6 リブラ(Libra):Facebook(現Meta)が2019年に発表したグローバル決済構想で、世界共通のステーブルコインを発行しようとしたプロジェクト。国家の通貨主権への影響が懸念され、国際的な金融規制の再考を促した事例である。
既存の枠組みの中で攻め続けた結果、新たな領域に進む際に声がかかるポジションを得られたということですね。
結果的にそうだったと考えています。もし私たちが動いていなければ、議論は想像上のステーブルコインにとどまっていたでしょう。私たちが実際にプリペイドで発行していたからこそ、実のある議論ができ、世界で初めてバランスの取れた規制をつくることができました。
2025年にトランプ米大統領がジーニアス法※7 を成立させ、今ステーブルコインが話題になっていますが、日本はすでにその3年前に法律を整備しています。その法律ができた背景には、4年前に私たちが限界まで動いていたこと、そしてリブラの存在が大きな理由です。一定の貢献はできたと考えます。
※7 ジーニアス法(GENIUS Act):2025年7月に米国で成立した、ステーブルコインに関する初の包括的な連邦法。正式名称は Guiding and Establishing National Innovation for U.S. Stablecoins Act。ドルに裏付けられた決済用ステーブルコインの発行・運用に関して、連邦レベルでのライセンス制度や監督体制を整備し、準備資産の保有義務、毎月の開示、利息付与の禁止などを規定している。法の目的は、金融システムの安定性と消費者保護を確保しつつ、米ドルの国際的競争力と基軸通貨としての地位を維持することにある。
岡部さんは、JPYC株式会社の前に2社を立ち上げていますね。その経験は今に生きていますか?
1社目は学生起業だったので、何もわからないまま始め、いろいろ失敗もしましたが、経験から得た知識は身につきましたし、エンジニアとしての力もこの時に養われました。
2社目では、ブロックチェーン業界を代表して政府と基準や規制について話す立場を担いました。その経験があったからこそ、今の会社でスムーズにスタートでき、ライセンスも取得できたのだと思います。
ルールを変えようとする際、当局や政治家は個社の意見をなかなか聞きにくいものです。例えばJPYC株式会社として「この規制を変えてほしい」と言っても、簡単には動きません。しかし、業界団体として意見をまとめて伝えれば、1社の要望ではないため、聞いてもらいやすくなる。業界団体で意見を集約することは非常に重要です。
手数料ゼロ社会と新しい豊かさ
岡部さんは、ステーブルコインJPYCで「手数料ゼロ社会」を目指されています。一般的にサービス提供には手数料が伴いますが、岡部さんの取り組みからは社会のためという姿勢が感じられます。その背景についてお聞かせください。
私は儒学者の家系で育ち、「上医は国を医(いや)す」※8 という言葉をよく聞いていました。そのため、幼い頃から社会全体をよくするという視点で物事を考える傾向があったと思います。
手数料ゼロを目指す原点は、大学在学中に起業した経験にさかのぼります。当時、オンラインでコンテンツを販売しようとした際、クレジットカードの契約ができず、さらに別の決済手段では手数料が15%も必要だと言われました。
大企業なら1%で決済できるのに、学生起業では15%。これでは公平な競争にならず、イノベーションを阻害するしくみだと感じました。だからこそ、基本的に手数料はゼロであるべきだと考えています。どうすればゼロにできるかを逆算し、不要な機能をそぎ落とし、無駄な開発を徹底的に排除してつくったのがJPYCです。
※8 上医は国を医(いや)す:中国古代の儒学思想に由来する言葉で、医者の格付けを示す概念。もっとも優れた医者(上医)は個人ではなく国家全体を治すべきであるとされ、社会や制度の病を治すことが真の医療であるという比喩的な意味をもつ。転じて、個別の問題解決にとどまらず、構造的な課題や社会全体の改善を目指す姿勢を表す言葉として用いられる。
例えば、ステーブルコインに関連する要素で、ブロックチェーンは非中央集権的ですが、国家が発行する通貨は中央集権的です。この矛盾やジレンマについて、どのように捉えていますか?
金融制度の基盤に不安定さを感じています。アメリカではM2※9 が急増し、法定通貨の価値低下は誰もが認識しています。しかし、物価が安定しているように見える現状は、実際には非常にぜい弱です。お米の価格や金利も上昇しており、先行きは不透明です。
一方で、ビットコインのような世界だけでは社会は回らないとも考えています。重要なのは、両者が交わる領域です。陰と陽のように分かれるのではなく、交わる部分こそがもっとも面白い。ステーブルコインは、仮想通貨などの世界観と、現実の預金や国債といったしくみが交わる場所です。私は、その領域で貢献したいと考えています。
※9 M2:マネーサプライ(通貨供給量)の指標の一つで、現金、預金通貨に加え、定期預金、外貨預金などの比較的流動性の高い預金を含む。経済全体の資金量を示す重要な指標であり、急激な増加はインフレや通貨価値の低下リスクを示唆することがある。
青ヶ島で見えた可能性
岡部さんは青ヶ島に移住されていますね。どのようなところに魅力を感じたのでしょうか?
青ヶ島の人びとです。ゼロから一を生み出す力は、都会とは比べものになりません。多才な人が集まり、起業家精神やイノベーションと相性のよい島だと感じました。それに「牛祭り」という夏祭りは高い参加率で、2024年は久しぶりの開催ということもあり、島民160人中155人ほどが参加していました。2025年に行けなかったのが残念です。
都会では、集団における自己効力感が希薄で、地域とのつながりに距離を感じている人が多いように思いますが、青ヶ島の方の熱量は際立っていますね。
青ヶ島では一人一人に役割があります。その人にしかできないこと、その人に頼まないと進まないことがある。それが青ヶ島の特徴です。
青ヶ島のまちづくりについて、岡部さんはどのような未来を描いていますか?
現在、青ヶ島には約160人が暮らしていますが、これ以上人口が減ると基礎自治体としての機能を維持できず、無人島になる可能性があります。だからこそ、人口を増やしたい。そのためには新しい産業が必要です。国も「特定有人国境離島地域」※10 として支援する動機がありますし、今はweb3関連の人材も移住してきています。将来的には、web3特区のような島になればと考えています。
※10 特定有人国境離島地域:国境に近い有人離島のうち、有人国境離島法に基づき地域社会を維持するため特に環境整備が必要とされる8都道県71島を指す。地域の維持と振興を目的として国が特別な支援をおこなっており、青ヶ島もこの対象に含まれる。
青ヶ島での岡部氏(提供:JPYC株式会社)
金融資本主義と人間活動のバランスを問う
金融資本主義の最先端にいる立場で社会を考えるときに、大切にしていることはありますか?
私を含む金融資本主義に携わる人びとは、土に触れたり海に出たりすることがとても大切だと思います。金融の基本は、農業でいうと「種もみを借りて、増えたら返す」というしくみに近いはずです。しかし、そうしたリアルワールドアセット※11 を介さない経済が大きくなりすぎている。現実に根差した経済に触れない人びとが金融を担っていることに、強い危機感を覚えます。
※11 リアルワールドアセット(Real World Asset、RWA):現実世界に存在する資産を指し、土地や建物などの不動産、株式や債券などの金融資産、商品(コモディティ)などが含まれる。web3やブロックチェーンの文脈では、これらの資産をトークン化し、デジタル上で分割・取引可能にするしくみを指すことが多い。RWAのトークン化により、流動性の向上や小口投資の実現が期待されている。
ステーブルコインによって、お金が「モノ」ではなく「データ」になる側面もあると思いますが、その点についてはどうお考えですか?
私は、信頼が迅速に可視化され、広がるというメリットのほうが大きいと考えています。従来は、お金を介することで取引が匿名化され、例えば「どこで作られた米なのか」よりも「米1キロいくら」という情報が重視されていました。しかし、ブロックチェーンを使えば来歴を追えるため、生産者の努力や信頼感、温もりが、より早く広く伝わるようになると考えています。
金融の世界では、現在リアルワールドアセットへの注目が高まっています。しかし、欠けている視点は、人の顔が見えるという、人間活動の原点かもしれません。
青ヶ島に移住してから、現場感をもって話せるようになったと感じています。例えば、青ヶ島での感覚がないまま「貿易でステーブルコインJPYCを使える」という話をしても、説得力に欠けます。しかし、青ヶ島で暮らす私がマグロを釣り、それをニューヨークの寿司店に届けるという具体例を示せば、リアリティが増します。
岡部さんは人間が感じる豊かさについてどのようにお考えですか?
「自分が社会で役に立っている」という感覚は、人間にとって非常に大きな価値だと思います。結局、お金があっても買えないものがあります。例えば健康です。最先端治療を受けられるかもしれませんが、完全にお金で解決できるわけではありません。そう考えると、健康であることに加え、社会から必要とされることは、とても重要な要素です。都会では、仕事が代替可能になりがちで、AさんでもBさんでも同じ役割を担えます。しかし青ヶ島では、一人一人が欠かせない存在です。「必要とされる感覚」が、人の幸福感を高めるのだと、青ヶ島で強く感じています。
未来を動かす「ルール」の力
最後に、これから社会や未来のために活動する人びとに向けてメッセージをお願いします。
ルールは変えられる。その前提で挑戦してほしいと思います。無理難題が通るとは限りませんが、役所に電話一本で伝えた要望がそのまま採用されたことが何度もありました。
「どんなルールならよりよい世界になるか」を考え、その上で必要なビジネスを展開すれば、ルールを変えながら進めることができます。こうした取り組みは、大企業と競合しにくく、ビジネスとしてもうまくいきやすいのです。
ぜひ、既存のルールにとらわれず、ルールを変えながら新しいイノベーションを起こしてほしい。そして、その挑戦にステーブルコインJPYCを活用してもらえたらうれしいです。
インタビューを通して
岡部氏の言葉から強く感じたのは、「ルールは変えられる」という確信と、それを実践する行動力でした。既存のしくみの中で挑戦し、必要なら変えていく――その姿勢は、ビジネスの枠を超え、まさに国家全体を治す上医といえます。デジタルとリアルが交わる場所で、新しい豊かさを描く岡部氏の挑戦は、未来を考える私たちに深い示唆を与えてくれます。
Text by Ken-ichi Kawamura Photographs by Hirokazu Shirato