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ICT活用による証券業界の変化と今後

インターネットの利用による証券取引が米国で始まってから30年経過するが、その間に日米双方で証券業界の競争構造が大きく変化した。対面チャネルからネットチャネルへの取引シフトは急速に進み、それに伴って証券業界の勢力地図も大きく変化している。本稿では、こうした技術変化が法制度の変化とともに証券取引のみならずサービス提供形態や投資家の行動に大きな変化をもたらしたことを整理する。さらに、ここで変化が終わるものではなく、AIやブロックチェーンによって今後さらなる変化が起こる点を考察してみたい。

ネット取引の拡大と業界の変化

米国:ネット証券の台頭と業界へのインパクト

米国においては、既に1975年の手数料自由化以降、チャールズ・シュワブなどのディスカウント証券が登場していたが、ネット取引の登場で競争はさらに激化することになった。1996年にEトレードがネット株式取引サービスを開始して急成長したことを皮切りに、米国におけるネット証券口座数は1998年の約700万件から2003年には3,100万件超へと急増し、2002年時点でネット証券が米国個人株式取引の約28%を占めるようになった。ネット専門の新興企業が格安の手数料で自己売買志向の個人投資家を引きつけ、既存の総合証券は調査サービスと取引執行を組み合せた従来モデルを脅かされるようになった。ネット専業各社の手数料競争に直面した総合証券においては、メリルリンチなどの大手も1999年に「メリルリンチ・ダイレクト」を開始して1取引29.95ドルという当時の大手ネット証券並みの料金設定で参入するなど、生き残りをかけた戦略転換を迫られた。結果として、米国では手数料引き下げ競争と業界再編が進み、2002年にはアメリトレードが同業のデイテックを13億ドルで買収、2005年にはTDウォーターハウスを買収し、世界最大のネット証券の一つになるなど、ネット専業各社の統合も進んだ[1]。その後2010年代後半には主要ネット証券が株式売買手数料をゼロにするまで価格競争が進み、規模拡大のため2019~2020年にはチャールズ・シュワブがTDアメリトレードを買収、モルガン・スタンレーがEトレードを約130億ドルで買収するといった大型統合にも至った[2]

日本:手数料自由化が引き起こした熾烈な価格競争

一方、日本でも1998年に松井証券が「ネットストック」で国内初の本格的なネット株式取引サービスを開始し、翌1999年10月の手数料完全自由化を契機に多くのネット専業証券が参入した。それまで日本では証券会社の売買手数料は固定制で高額だったが、自由化によりネット証券各社は一斉に大幅な値下げに踏み切った。松井証券は約定代金300万円までなら3回までの売買手数料を定額3,000円とする独自の「ボックスレート」を導入し、他社においても、イー・トレード証券2,500円・DLJディレクトSFG証券1,900円・マネックス証券1,000円など、破格の手数料を打ち出した。各社とも「3年間赤字覚悟」(日興ビーンズ)「手数料では固定費を賄えない」(DLJディレクトSFG)とコメントしつつ、顧客獲得を優先して採算度外視の価格競争を展開した。1999年末から2000年にかけて熾烈な値下げ合戦が勃発し、イー・トレード証券が無料手数料キャンペーンを実施すれば、他社も追随し最低手数料引き下げや期間限定の超低価格キャンペーン(例:HIS協立証券は800円、マネックスは高額取引の手数料を引き下げ、さらに2000年10月にはイー・トレードが100円キャンペーン)を次々と繰り出した。この過熱競争の結果、多くの新興ネット証券は収益悪化に直面し、業界再編が進むことになった。2000年11月には合併によるカブドットコム設立が発表され、2000年12月には日興ビーンズやマネックスが相次いで他社を合併・買収するなど、2000年代初頭にネット証券各社の統合・提携が相次いだ。こうした中で松井証券は独自路線で手数料の固定料金制を堅持して、個人投資家から支持を得て業界トップとなり、松井、三菱UFJ eスマート(旧カブドットコム=旧日本オンラインと旧イー・ウイングが合併、のちにMeネットと合併)、マネックス(日興ビーンズと合併)、楽天(旧DLJディレクトSFG)、SBI(旧イー・トレード)など主要5社が生き残って寡占化が進んだ。その後、ネット証券の手数料競争はずっと続いたが、2023年にSBI証券(9月)と楽天証券(10月)が国内株式取引手数料の無料化プランを導入したことで最終段階となった。しかし、ネット証券全社が追随した訳ではなく、様々な手数料体系が併存する形となった。このように、日本では手数料自由化とネット取引解禁によって新興ネット証券が一気に市場を拡大し、既存大手も巻き込んだ再編と競争激化が起きた点で、米国以上に急激な構造変化が進んだ[3]

証券取引の電子化・自動化とサービス提供の進化

電子取引への移行と高速化する市場インフラ

情報通信技術(ICT)の発展は、証券取引の電子化・自動化とサービス形態の革新も促すことになった。取引執行インフラの面では、米国では1990年代からNASDAQ市場を中心に電子取引システムが普及し、注文処理の高速化が進んだ。証券取引所自体も次第にフロア(立ち会い)取引から電子取引へ移行し、米国ニューヨーク証券取引所(NYSE)でも2000年代半ばまでにハイブリッド電子取引システムを導入して大半の取引を電子化した。一方、日本でも東京証券取引所は1999年4月30日に株式の立ち会い売買を全廃し、全面的にコンピューターによる売買に移行した。この電子化によって取引スピードが飛躍的に向上し、売買コストも削減されている。2000年代後半には米国でアルゴリズム取引や高頻度取引(HFT)の台頭が顕著となり、大量の注文を自動プログラムで高速執行する手法が普及した。日本でも東京証券取引所が2010年に超高速売買システム「arrowhead」を稼働させ、機関投資家・個人投資家を問わずアルゴリズム取引が広がり、高速な発注インフラを利用した自動売買が一般化した[4]

取引ツールの高度化とモバイル化

過去30年間でサービス提供の形態も劇的に進化している。1990年代後半にはウェブブラウザ上で基本的な発注と残高照会ができるサービスが主流だったが、2000年代にはリアルタイムの株価ボードや高度なチャート分析ツールを備えた専用トレーディングソフトが普及するなど、取引プラットフォーム自体が進歩している。米国のチャールズ・シュワブは1996年にネット取引を開始し、一度に複数注文を入力できるネット画面を業界で初めて提供した。日本でも各ネット証券が高機能トレーディングツール(例:楽天証券「マーケットスピード[5]」、マネックス証券「マネックストレーダー[6]」など)を提供し、個人投資家がプロさながらの環境で取引できるようになった。

2010年代以降、スマートフォンの普及とともに証券各社はモバイルアプリを拡充し、場所を選ばず迅速に売買できる環境を整えていった。米国では2010年代半ばに登場したロビンフッド(Robinhood)が手数料無料の手軽なモバイル証券アプリとして若年層に爆発的人気を博し、それに他社も追随してモバイル戦略を強化した[7]。日本でも、ネットからの証券取引の注文方法において、スマホ経由が43%となり、パソコンやタブレット経由(54%)に迫る規模となっている[8]

API開放と個人による自動売買の拡大

さらに近年では、証券会社がAPIを公開し、個人投資家が自分でプログラミングした売買プログラムで直接市場に発注できる環境も整いつつある。米国ではインタラクティブ・ブローカーズ[9]などが早くからAPI接続を提供しており、個人でも自動売買システムや独自の取引アルゴリズムを組んで運用するケースが増えた。日本でも三菱UFJ eスマート証券(旧カブドットコム証券)が2020年に「kabuステーションAPI[10]」の本格的な提供を開始し、PythonやJavaなど好きな言語でプログラムを組んで株式・先物・オプション取引を自動執行できるようにした。SBI証券[11]や岡三オンライン証券[12]も一部の先物・FX取引向けにAPIを提供開始しており、個人によるシステムトレードの裾野が広がった。

個人投資家の増加と取引スタイルの変化

ネット取引が招いた新たな投資家層とその影響

ICTによる取引環境の変化は、投資家層と取引スタイルにも大きな影響を与えている。ネット取引の容易さと手数料低下により、株式市場には新たに多くの個人投資家が参入した。米国では1990年代末のハイテク株ブーム時、証券口座を開設する個人が激増し、1999年9月にはネット口座数が1,000万を突破した[13]。インターネット掲示板やメーリングリストで情報交換する個人も増え、専門知識の乏しい人まで株式売買に熱中する状況が生まれた。

この中で注目されたのがデイトレード(日計り売買)の隆盛である。米国では小口投資家がNASDAQ市場の小型株を高速売買して利益を狙う「SOESバンディット」と呼ばれる日計り集団が1980年代後半に登場し、瞬時の値動きを追う投機的取引が広がった。1999年頃には株を日中に何度も売買して利益を積み上げる個人が急増し、「デイトレーダー」が社会現象化した。こうした過熱を受け、米証券当局は2001年にパターン・デイ・トレーダー規制を導入し、自己資本が2万5千ドル未満の口座では頻繁な日計り取引を禁止するなどの措置を講じている[14]。この規制により、米国個人の過剰なデイトレ熱は一時沈静化したものの、ICTの進歩はその後も取引スタイルを変え続けている。

日本でも2000年代に入り、個人投資家の市場参加が大きく増えた。ネット証券が誕生する以前の1990年代、日本の株式市場はバブル崩壊後の低迷もあって個人の証券離れが進んでいた。しかし1999年以降のネット取引解禁で状況は一転した。店頭に行かずとも自宅のパソコンからリアルタイムで株取引が可能になり、しかも手数料が劇的に安くなったことで、若年層や主婦層など新しい個人投資家が次々と参入するようになった。特に2002年ごろからの景気回復局面では、「ニートトレーダー」と呼ばれるような専業トレーダーが注目されるなど、個人による積極的な短期売買が社会的話題にもなった。象徴的なのが「ライブドア・ショック(2006年1月)[15]」で、ライブドアに対する証券取引法違反容疑の報道をきっかけに個人投資家が一斉に株を売り浴びせ、東京証券取引所の1日の取引件数がシステム限界の450万件を超える勢いとなり、同取引所は史上2度目となる売買停止・時間繰り上げ終了に追い込まれた。このように、ネット証券によって日本の個人が再び市場の主役に躍り出て、取引システムにも影響を与えるほどの存在感を示した。以降、日本においても個人投資家の売買シェアは高水準を維持し、2010年代後半から2020年代に入ってからは米国同様にSNSやスマホを駆使した新世代の個人投資家が市場を賑わすようになっている。

取引スタイルの多様化とロボアドバイザーの登場

証券取引において取引スタイルの多様化も進んでいる。個人が短期売買や信用取引に積極的に取り組むケースが増え、価格変動の大きい新興銘柄で利益を狙う動きも盛んになった。また、ETFや投資信託などの金融商品もネットで容易に購入できるようになったことによって個人投資家の選択肢も拡大しており、ポートフォリオ戦略も高度化している。さらには、SNSでの情報交換からアイデアを得て投資判断するソーシャルトレーディングの傾向も日米で見られ、投資判断のプロセスも多様化している。

近年では、個人の資産運用メニューとしてロボアドバイザーの認知度が上がっている。米国では2008年頃から自動資産運用サービスが現れ、2008年創業のベターメント(Betterment)や2011年創業のウェルスフロント(Wealthfront)が草分けとなって、低コストで資産配分からリバランスまで自動化するロボアドが急成長した。伝統的な金融機関もこれに追随し、例えば大手運用会社のブラックロックは2015年にロボアド企業(FutureAdvisor)を買収し[16]、自社サービスに組み込んでいる。2020年代に入りロボアドの利用者は着実に増え、若年層だけでなく退職世代にも広がっている。

日本では米国に数年遅れて2016年7月にウェルスナビが個人向けロボアドバイザーを提供開始し、その後THEO(お金のデザイン)など複数社が類似サービスを展開している。ロボアドバイザーは主に長期的な資産形成志向のユーザーを取り込み、おまかせ運用という新たなスタイルを浸透させており、2023年度にはロボアド市場残高は総額1.8兆円に達している[17]。日本でも大手金融機関が資産運用メニューにロボアドを加える動きがあり、業界最大手のウェルスナビが2024年に三菱UFJ銀行に買収されることが発表された[18]

大手証券会社の対応

ネット対応とビジネスモデル転換

ネット革命に直面し、日米の大手証券会社(従来型総合証券)も戦略の見直しを迫られることになった。米国では1990年代末から2000年代初頭にかけて、メリルリンチといった総合証券が相次いでネット取引サービスを導入した。メリルリンチは長らく「手厚い対面サービス」を売りに高い手数料体系を維持してきたが、顧客流出に歯止めをかけるため1999年末にネット証券部門(メリルリンチ・ダイレクト)を立ち上げ、当時としては画期的な年間定額制プラン(年間1,500ドルでネット取引し放題)や1取引29.95ドルの割安手数料で参入した。モルガン・スタンレーやプルデンシャルなど他の大手もこれに続き、ネット専業証券に対抗する低料金プランやネット専用口座を用意した。こうした大手のネット戦略は「ハイブリッドモデル」とも言え、豊富な投資情報やリサーチ力と、安価で便利なネット取引を組み合わせて顧客に提供するものであった。とはいえ、対面重視の従来モデルとのカニバリゼーション(共食い)を恐れるあまり、サービス内容や料金設定に関するジレンマも抱えていた。メリルリンチはネット口座に最低2万ドルの預入を求め、基本的にブローカーの助言なしで自己責任取引する顧客層に限定するなど、フルサービス部門との差別化を図った。このように大手は自社内で別ブランドや別プランを作って対応したが、結局はネット専業証券との手数料競争から逃れられず、リテール部門の収益率低下は避けられなかった。その後2020年代には業界再編で大手がネット企業を買収する動きも進んだ。例えばモルガン・スタンレーは2020年にEトレードを買収し、対面仲介型とデジタル直販型の融合を図った。同様にチャールズ・シュワブは2019年にTDアメリトレードを買収し、巨大なネットブローカー連合を形成した。これらの動きは、大手証券がフィンテック企業を吸収・統合することでデジタル戦略を加速させた例である。さらに銀行業界との融合も進み、バンク・オブ・アメリカは自社顧客向けに無料の株式取引サービス(メリルエッジ)を提供開始するなど、総合金融グループ内で証券サービスのネット化を進めることになった。

日本の大手証券も、1999年の手数料自由化以降ネット戦略を強化している。大手証券自身がかなり早い段階からネットサービスを整備したため、新興ネット証券VS大手という構図よりも、大手も含めた総力戦の様相があった。もっとも、手数料水準では新興にかなわず、結局大手はネット証券子会社を設立・強化する戦略もとったが、成功モデルを確立することはできなかった。例えば、野村證券は「ジョインベスト証券」を設立(後に野村證券に統合)、大和証券は「大和証券エレクトロニック・トレーディング(大和証券ET)」を設立(後に大和証券に統合)、日興證券も「日興ビーンズ」を立ち上げる(後にマネックスと統合)など、グループ内にディスカウント路線を取り込もうとしたものの定着することはなかった。

法規制や制度整備の変遷とその影響

米国:情報流通拡大と投資家保護

米国ではネット取引での詐欺的行為を取り締まるため、SEC(証券取引委員会)が電子掲示板上の風説の流布や相場操縦に目を光らせるようになり、Regulation FD (Fair Disclosure) [19]を2000年に導入して重要情報開示の公平性確保を図った。また、取引システムの公平性を保つためにRegulation NMS(2005年)[20]を制定し、電子市場間でのベストプライス実行を義務づけるなど、電子化時代に即した市場規制を敷いている。2001年には米国株式市場で呼び値の単位が1/16ドル刻みから小数点方式(1セント刻み)に変更され(十進化)、スプレッド縮小と高速取引の拡大につながったと考えられている。これらの制度変更は市場流動性を高め、投資家にメリットが生じた一方で、高速取引によるフラッシュ・クラッシュ(2010年)[21]など新たな課題も生じ、SECはサーキットブレーカー制度の強化などのリスク管理策も導入している。さらに、近年ではFINRAがネットでの誤解を招く広告や勧誘を規制するガイドラインを設け、投資SNS時代の個人を守る枠組みを整えている[22]

日本:市場活性化と投資家保護

日本でも市場活性化と個人投資家の保護を両立すべく、多くの制度対応がなされている。まず、ネット取引解禁そのものが制度面での大改革であった。日本では1998年の証券取引審議会報告に基づきインターネット経由の有価証券取引が正式に認められ、1999年に金融ビッグバンの一環として委託手数料完全自由化が実施された。これによりネット証券ビジネスが法的にも可能となり、先述の競争が生まれた。2005年の証券取引法改正[23]ではインサイダー取引規制の強化や市場監視体制の拡充が図られ、ライブドア事件の教訓からディスクロージャーの厳格化も進んだ。また、1998年の改正でPTS(私設取引システム)が解禁され、その後SBIジャパンネクストやチャイエックスなどの電子取引プラットフォームが誕生した。取引所と競合するPTSは夜間取引など独自サービスで個人に恩恵をもたらしている。2014年には少額投資非課税制度(NISA)が導入され、ネット証券各社が口座開設の売り込みを行った結果、若年層を含む新規投資家が市場参入する後押しとなった。2024年に「新NISA」として非課税枠が拡大されたことで、さらなる新規投資家の増加につながり、2025年3月末時点でNISA口座数は2,600万超、累計買付額は59兆円という規模になっている[24]

日本と米国の比較

共通点

以上のように、1990年代後半から現在に至るまでのICTの進展は、日本と米国それぞれの証券業界に大きな変革をもたらした。両国に共通するのは、ネット証券の登場により手数料競争とサービス革新が加速し、個人投資家が市場で存在感を増したことである。手数料引き下げによる売買コスト低下と、インターネットを介した取引の利便性向上により、株式投資がより身近で大衆的なものとなった点は日米共通の現象であり、取引プラットフォームの高度化やモバイル・APIの活用、ロボアドバイザーの普及など、サービス提供面でのデジタル化という流れも両国で共通している。

相違点

一方で、展開のスピードや構造変化には両国に違いも見られた。米国は1970年代の規制緩和を下地に1990年代にネット化が進んだため、新興ネット証券が台頭して既存大手を脅かし、のちに大型買収によって再統合されるという競争と集約のサイクルを経験した。日本は1999年の手数料自由化という劇的な転換点を経て、一気に多数のプレーヤーが乱立・淘汰される展開となり、初期競争の過熱度合いは米国以上であった。また、市場規模の違いから、米国ではロビンフッドのような新興フィンテックが単独で巨大化する余地があり、大手がそれに追随して手数料をゼロにするなど新興企業発の変化が起こったのに対し、日本では大手と新興企業が連携して顧客基盤を広げる形で変革が進むという違いも見られた。

それでも、投資家保護と市場活性化の両立という課題に向き合い、制度面・技術面で環境整備を続けている点は共通しており、ICTの進化に伴う証券業界の変化は今後も両国で続くものと予想される。

今後予想される変化

ネット証券登場以来、日米の証券業界はICTの進化と法制度改正を背景に大きく変化してきたが、ここで定常状態に移行するわけではなく、AIとブロックチェーンが変化をさらに加速させるものと予想される。

AIの普及

AIの進展は、証券ビジネスを「取引の場」から「判断と関与の自動化」へと進化させる。市場分析、リスク評価、ポートフォリオ構築、リバランスといったプロセスは高度に自動化され、個人投資家は売買判断そのものをAIに委ねる比重を高めていく。米国では、パーソナライズされた投資助言や行動分析を組み込んだAIが、個人の取引行動に直接影響を与える方向で進化しており、AIを利用した投資アシスタント機能Cortex[25]を導入したロビンフッドに象徴されるように、投資体験そのものがアプリ中心に再設計されつつある。このため、これからの競争軸は手数料や商品数ではなく、AIの精度、UX、データの効果的な活用に移行していくものと予想される。

一方、日本ではAIは人を代替するよりも補完する形で導入が進むとみられる。高齢顧客への説明支援、適合性判断やコンプライアンス対応の高度化など、信頼性と安心感を高める用途が中心となり、証券会社は「AIを使って説明責任を果たす存在」としての役割を強めていく可能性が高い。

ブロックチェーンの実用化

ブロックチェーンは証券インフラそのものを変える技術である。証券の発行、取引、決済、保管を一体化し、即時決済や24時間取引を可能にすることで、従来の事務・清算中心の構造を大きく置き換える。米国では株式や社債、ファンドのトークン化を通じて市場全体を再設計する動きが始まっており、証券会社はマーケット運営者とテック企業の性格をあわせ持つ存在に変質していく可能性がある。日本では、不動産分野でトークン化が先行[26]しているが、私募証券やバックオフィス業務の効率化など、既存制度と整合性をとった形での導入が進むものと予想される。

終わりに

AIとブロックチェーンが組み合わさることで、投資判断はAIが担い、商品はトークン化され、取引と管理は自動化される。インターネットの登場とともに変化を遂げてきた証券会社は、最終的に「取引の仲介者」から「投資体験全体を設計するシステムインフラの提供者」へと進化していくものと予想される。

そうした変化の第一が収益モデルである。売買手数料はすでに競争力の源泉ではなくなりつつあり、今後はAIによる投資判断支援、リスク管理、資産配分設計といった「意思決定支援機能」や、トークン化資産の設計・管理といった付加価値領域が証券会社の収益の中心となる可能性が高い。

変化の第二には人材・組織が挙げられる。営業員やトレーダーに求められる役割は、売買執行や商品説明から、AIの解釈による顧客への説明、最終判断の支援へと変わる。IT・データ・コンプライアンスを横断的に理解する人材の重要性が高まり、証券会社の競争は、人的資本の質にも左右されるようになる。

変化の第三は他の業界との境界である。AIやブロックチェーンの導入により、証券会社は銀行、資産運用会社、IT企業、さらには暗号資産の関連事業者との役割分担が曖昧になってくる。このため、証券会社は「証券ビジネスの担い手」という枠を超え、投資体験全体を設計・運営するシステムインフラの提供者として位置づけられる可能性がある。


[1] オンライン証券会社の変遷から見た米国リテール金融(野村資本市場研究所 2009年春)https://www.nicmr.com/nicmr/report/repo/2009/2009spr23.pdf

[2] 米国FinTechから見る金融サービスの生き残り戦略とお金の未来(電通総研 2024年11月)https://www.dentsusoken.com/case_report/research/20241129/2767.html

[3] Japan’s Securities Markets and FinTech (Nomura Journal of Asian Capital Markets, Autumn 2017) https://www.nomurafoundation.or.jp/en/wordpress/wp-content/uploads/2022/09/NJACM2-1AU17-00.pdf

[4] 証券市場のシステム史(後編)(東証マネ部! 2021年8月)https://money-bu-jpx.com/news/article032838/

[5] 楽天証券 マーケットスピード https://marketspeed.jp/

[6] マネックス証券 マネックストレーダー https://info.monex.co.jp/tradetool/mstation/index.html

[7] スマホ証券が育む若年層の資産形成と今後の課題(大和総研 2021年8月)https://www.dir.co.jp/report/research/capital-mkt/asset/20210810_022447.pdf

[8] 証券会社の利用実態調査のアンケート(TAG STUDIO 2025年10月)https://tag-studio.co.jp/news/sec-user-survey-2025

[9] InteractiveBrokers  https://www.interactivebrokers.com/

[10] kabuステーションAPI(三菱UFJ eスマート証券=旧カブドットコム証券)https://kabu.com/company/lp/lp90.html

[11] SBI証券 https://www.sbisec.co.jp/ETGate/

[12] 岡三証券 https://www.okasan.co.jp/

[13] 米国のインターネット証券取引をめぐる新たな動き(野村資本市場研究所2000年冬)https://www.nicmr.com/nicmr/report/repo/2000/2000win05.pdf

[14] Day Trading (FINRA) https://www.finra.org/investors/investing/investment-products/stocks/day-trading

[15] ライブドア・ショックと日本の株式市場の課題(野村資本市場研究所2006年春)https://www.nicmr.com/nicmr/report/repo/2006/2006spr02.pdf

[16] BlackRock to Acquire FutureAdvisor(BlackRock 2015年8月)https://ir.blackrock.com/news-and-events/press-releases/press-releases-details/2015/BlackRock-to-Acquire-FutureAdvisor/default.aspx

[17] ロボアドバイザー市場に関する調査(矢野経済研究所 2024年7月)https://www.yano.co.jp/press-release/show/press_id/3564

[18] 株式会社三菱 UFJ 銀行によるウェルスナビ株式会社(証券コード:7342)の株券等に対する

公開買付けの開始に関するお知らせ(三菱UFJ銀行2024年11月)https://www.mufg.jp/dam/pressrelease/2024/pdf/news-20241129-003_ja.pdf

[19] Regulation FD(SEC)https://www.sec.gov/rules-regulations/staff-guidance/compliance-disclosure-interpretations/proxy-disclosure-enhancements-transition-reg-fd

[20] Regulation NMS(SEC)https://www.sec.gov/rules-regulations/2005/06/regulation-nms

[21] フラッシュ・クラッシュ―米国株価急変動の再考―(日本証券経済研究所 2012年9月)https://www.jsri.or.jp/publication/periodical/economics/79/79-05/

[22] Social Media(FINRA)https://www.finra.org/rules-guidance/key-topics/social-media

[23] 2005 年証取法改正Q&A(大和総研 2005年8月) https://www.dir.co.jp/report/research/law-research/securities/05080801securities.pdf

[24] 新NISAの導入効果、「18兆円流入した制度改革」の評価とは?(FinTech Journal 2025年7月)https://www.sbbit.jp/article/fj/167992

[25] Cortex Digests(Robinhood) https://robinhood.com/us/en/support/articles/cortex-digests/

[26] デジタル証券(ST)市場のファクトデータ図解(Progmat 2025年9月)https://note.com/tatsu_s123/n/n324b1441db81#197e21b8-57f3-477b-b7b4-c6f3005aae01