2025年後半、ステーブルコインを取り巻く環境は大きく動いた。米国におけるGENIUS Actの可決、日本ではJPYC社の資金移動業者登録の取得とJPYCの発行開始、加えてBTC等の価格上昇も相まって、ステーブルコインは改めて注目を集めるテーマとなった。今後はこの先どうなるのかが焦点となり、商取引や実社会の活動に導入するための具体的な取り組みが進むことであろう。そうしたステーブルコイン市場の全体成長において、国内ではどのように市場が成長しユースケースができていくか、そしてその結果、日本円におけるステーブルコインの存在感をいかにつくっていけるかを考察する。
ステーブルコインの市場予測
市場全体の成長
米シティグループが2025年9月に発表した記事「Stablecoins 2030」によると、ステーブルコインの発行残高は力強い成長を見せており、2025年初頭の$200Bから$280Bへと増加、2030年までにベースケースでは$1.9T、強気シナリオでは$4Tと予測している。同社の立ち位置としては、伝統的な金融機関の仲介機能や預金に対する影響もあるため、脅威と機会を同時に捉えている論調で述べられており、この予測は楽観的なものではないと思われる。同社によると、ステーブルコインはデジタルネイティブ企業や投資家・手軽に米ドルを保有したいフロンティア市場の生活者にとって重要なツールとなる一方で、トークン化預金の方が容易に既存システムへ統合できる局面も多くあるとも考察しており、デジタルアセット全体における技術発展を機会と捉えつつユースケースによるすみ分けを述べている。
種別とユースケース
では、それらのユースケースとはどのようなものになるのだろうか?
上述でステーブルコインやトークン化預金などが出てきたが、改めて「デジタル通貨」と呼ばれるものの種類から整理すると分かりやすい。
デジタル通貨の種別
下表は、米シティグループ傘下の調査機関であるCitiが2025年4月に発表したレポート「Digital Dollars」で示されたものである。
| | トークン化預金 | ステーブルコイン | CBDC |
| 発行主体 | 規制下にある商業銀行 | ノンバンク企業、または銀行 | 中央銀行 |
| 裏付け資産 | 商業銀行口座の預金 | 準備資産(現金、米国債、コマーシャルペーパー、暗号資産等) | 中央銀行の直接債務 |
| 規制 | 銀行規制および監督の対象 | 様々(例:USDCは規制あり、他には規制が比較的緩いものもあり) | 中央銀行法および規制の下で発行・管理 |
| 主なユースケース | 企業間決済、プログラマブル金融、清算 | リテール決済、暗号資産取引、DeFi、送金 | リテール・ホールセール決済、金融包摂、金融政策 |
デジタル通貨の主な分類
(出典:Citi「Digital Dollars」(2025年4月)を基に筆者作成)
ここから分かることは、デジタル通貨の種類によりフィットするユースケースがおのずと決まってくることである。また、発行主体の性質や意思決定のスピード、規制対応に要する時間軸の違いがあるために、こうした要因も踏まえると、どの分野から実用化が進むのかもおおむね予測することができる。例えば、ステーブルコインは、USDTやUSDCに代表されるように、主にノンバンク企業が主導してきた分野であり、比較的迅速に市場展開が進んできた。実際、これらはすでに暗号資産取引所や分散型金融(DeFi)において主要な役割を果たしている。また、インフレ率が高く自国通貨の価値が不安定な国や地域(アルゼンチン、トルコ、ナイジェリアなど)では、米ドル連動型ステーブルコインが、送金や貯蓄、日常決済の手段として実際に利用されている事例も増えている。
一方、銀行主導のトークン化預金については、各地域・各プレーヤーにおいて実証実験や限定運用が進められてきている。例えば、JP Morganの「JPM Coin」やシンガポールの「Project Guardian」、国内においてはディーカレットDCPによる各金融機関との取り組みなどがある。これらは主に企業間決済や証券決済、機関投資家向け取引といった、大口かつ高頻度な取引領域での活用を想定している。
ステーブルコインの種別
ステーブルコインも幾つかの種別に分けることができる。前掲の表は米国の金融機関によるものであるために表現されていないが、日本国内の法規制等に基づいた観点ではさらなる区分けができる。JPYCなどは資金移動業者が発行する電子決済手段として提供されるものである一方で、2025年11月に発表された3メガバンクによるステーブルコインの構想などは信託銀行が発行するものとなっており、スキームが異なる。
別の観点では、ブラックリスト型とホワイトリスト型がある。前者は登録された特定アドレスからは利用させない考え方のものに対し、後者はその逆で登録された特定アドレスしか利用できないものである。これらは制御ロジックだけの話ではなく、利用するブロックチェーンといった技術面とも絡む話である。
これらを踏まえると、以下のように整理することができ、それぞれに適したユースケースがあることが分かる。
| | 資金移動型 | 信託型 |
| ブラックリスト型 | 日常の少額決済や個人間送金、パブリックDEX等での利用に適するもの | 送金上限のない大口取引を、パブリックチェーンの高い流動性と相互運用性の上で実現するもの |
| ホワイトリスト型 | 加盟店やユーザーを特定コミュニティ内に限定し、域内経済の活性化や囲い込みに特化するもの | 銀行レベルの厳格なKYCとコンプライアンスを担保し、企業間決済や証券決済の自動化に特化するもの |
ステーブルコインの種別と考えられる特徴
ユースケース別のシェア推移
こうして各デジタル通貨・ステーブルコインの種別を見てみると、フィットするユースケースと関係するプレーヤーが明らかになり、それらの普及スピードも想像ができる。そこで次に、主要なユースケースごとに、現時点での利用状況と2030年時点における普及シェアの見通しを見てみる。下表は、Citiの「Digital Dollars」で考察されていた、代表的なユースケースにおける現在の状況と中長期的な展望を、筆者により表形式にまとめたものである。
| ユースケース | 現在のシェア | コメント |
| 2030年のシェア見通し |
| Crypto Trading | 90~95% | 圧倒的最大。アルゴリズム取引・アービトラージ等 |
| 約50% | 市場成熟後も最大用途だが相対的には低下 |
| B2B Payments | 数%未満 | 実証・PoC段階 |
| 20~25% | 大きな市場の一部が移行 |
| Consumer Remittances | 数%未満 | 一部すでにUSDC/USDTの利用あり |
| 10~20% | 大きな市場でのコスト優位性 |
Institutional Trading / Capital Markets | 数%未満 | ファンド実験段階 |
| 10~15% | 証券決済・FX・トークン化資産の普及 |
Interbank Liquidity / Treasury | ほぼゼロ | 実証段階・一部先端企業による取り組み |
| 10%未満 | トークン化預金との共存、流動性管理のデジタル化 |
ステーブルコインのユースケースとシェアの変化予想
(出典:Citi「Digital Dollars」(2025年4月)を基に筆者作成)
まず押さえるべきは、世界の現状として取引量の大半は決済ではないことである。オンチェーン総取引量の大半は、トレーディング/DeFi/内部移転などで、現状では実需の決済は少ないと言える。しかし、2030年に向けて、取引所内での利用(Crypto Trading)が相対的に低下し、B2B決済や資本市場(証券決済)等の実需が台頭すると考えられている。
今後の試金石:B2B取引
Artemisのレポート(2025年10月)によると、現状の決済実需においては、B2B決済が最大(年約$76B)で、ついでP2P($19B)・カード($18B)・プリファンディング/事前資金預託($3.6B)・B2C($3.3B)となっている。
ステーブルコインのB2B取引における量の推移
(出典:Stablecoin Payments from the Ground Up, Artemis)
2023年のユースケース立ち上がり時期は月間$100Mほどであったところから、2025年中頃には$6B以上となっている。これらの牽引役は取引やサプライチェーンにおける決済・担保移動などであり、2024年中頃以降は実験段階から実際のオペレーションとなり加速している。
B2B取引が伸びる背景として以下の理由が考えられる。
- ペインポイントが明確で大きい:クロスボーダー決済、サプライヤー決済、回収サイト短縮、資金繰り、外貨調達など
- 採用主体が少ない:消費者向けよりも導入意思決定が早い
- 受け取り側を固定しやすい:B2Bは相手先が限定され、コンプライアンス設計がしやすい
- 既存レールの上に乗せやすい:ウォレットの直接利用が難しくても、PSP/ゲートウェイが裏側でステーブルコインにしてくれる
トークンごとに見ると、下図の通り2025年10月にArtemisにより発表されたレポートの段階ではUSDTが強いが、USDCが月によっては割合を伸ばしている。ただし、現時点では季節性の影響が大きく、また市場参加者の数も限定的であることから、データの変動幅は大きいと考えられる。また、これら米ドル建てステーブルコインについては、GENIUS Act可決後のデータも含めて分析することでさらなる示唆が得られる可能性があり、特にUSDCは法規制による裏付けを背景に、例えばUSDCを発行しているCircleが注力しているエコシステム形成のためのソリューション群を通じて、企業における採用が一層伸展することが考えられる。
B2B取引におけるトークンごとの割合
(出典:Stablecoin Payments from the Ground Up, Artemis)
Circleのソリューション群
(出典:Building the Internet Financial System: Circle’s Product Vision for 2026, Circle)
ユースケースの立ち上がり
次に日米でのステーブルコインのユースケースの立ち上がりを、時系列と主要なトレンドに沿って概観してみる。他にも多くの事例がでてきているが、ここでは市場の質的な変化を象徴する各フェーズの代表的な事例をピックアップしている。
米国
米国では、既存金融がカバーしきれていなかったペインポイントの解消を起点に、先端企業・ケースでの利用から事業会社や伝統的な金融機関へと波及する、ボトムアップ型の立ち上がりプロセスを辿っている。
1. 既存金融の補完
市場の黎明期を支えたのは、既存の金融インフラから取り残された領域、あるいはその隙間を埋めるエッジなユースケースであった。
- インフレ回避と金融包摂:Nubank・DolarAppによる自国通貨が不安定な地域でのデジタルドル預金や、UNHCRによる銀行口座を持たない避難民への人道支援金送金などが先行した
- ギグワーク報酬:Scale AI・Remotasksなどでは、AI学習用データのラベリング作業等の世界中のワーカーへの即時・低コストな報酬払いで用いられている
2. 企業実務の効率化
決済手段としての信頼性が確立されるにつれ、企業の資金管理や商取引におけるフリクションを排除し、業務プロセスそのものを最適化する実需フェーズへと移行してきた。
- 為替リスクと送金時間の削減:SpaceXはStarlink事業にて、ナイジェリア等の現地通貨をステーブルコインへ変換・米国本社へ集約し、リスク低減や資金効率向上を実現している。
- 決済プラットフォームの統合:PayPalやStripeといった大手が自社ネットワークにステーブルコインを組み込み、B2B送金の手数料ゼロ化やフリクション低減を推し進めている。
3. 金融インフラのDX
成熟した段階として、大手金融機関による伝統的資産のトークン化が進展し、24時間365日の即時決済やプログラム可能な金融取引が社会実装されつつある。
- 即時償還の実現:BlackRockはパブリックチェーン上で初のトークン化ファンド「BUIDL」をローンチ、USDCを用いた24時間365日の即時償還を実現。
- 流動性管理の自動化:JPM Coinは、プログラム可能な決済機能により、多国籍企業の複雑な資金管理を自動化している。
日本
日本では、先行する海外事例を学びつつ、2024年から2025年にかけて整備された独自の法規制に準拠する形で、スタートアップと既存金融機関が密接に連携しながら実用化を加速させる進化を遂げていると言える。
1. 金融機関・企業実務のDX
国内の銀行勢を中心に、預金トークンやステーブルコインを用いた行内・企業間決済の高度化や、地域経済やサプライチェーンのデジタル化に向けた取り組みが進んでいる。
- 地域経済のデジタル化:北國銀行が日本初のトークン化預金を実装。加盟店手数料の劇的な低減と地域経済の完全デジタル化を目指す。
- 環境価値の即時精算:GMOあおぞらネット銀行は非化石証書などの環境価値をデジタルアセット化し、DCJPYで即時精算する国内初のB2B商用サービスを展開している。
- 企業内決済の効率化:三菱UFJ・三井住友・みずほの3メガバンクは、Progmatを用いたステーブルコインを発行予定。これを利用し、三菱商事が社内資金決済に活用することを発表している。
2. 資本市場と決済インフラのアップデート
証券決済の即時化や、既存の基幹システム(ERP)とのシームレスな統合といった、ブロックチェーン決済を日常の企業活動に組み込むためのインフラ開発が進められている。
- 証券決済の自動化:3メガバンクに加え、野村證券や大和証券などが参加し、ステーブルコインを用いた株式・債券・投資信託の売買・決済の仕組みの検証が進めている。
- ERP連携と導入障壁の除去:アステリアは、企業向けミドルウェアにJPYC決済機能を統合。既存のERPとブロックチェーン決済をシームレスに接続する環境を提供していく。
- 法人向け導入支援:HashPortは、ガス代や費用体系といった技術的なフリクションを軽減する法人向けウォレットHashPort Wallet for Bizを開始。
3. リテール・Web3経済圏とグローバル連携
個人消費やWeb3エコシステムでの利用拡大や、海外の主要プレーヤーとの提携を通じ、国境を越えたシームレスな価値移転の実現に向けた動きが具体化している。
- 生活圏への浸透:LINE NEXTが提供するLINEアプリ上のWeb3ウォレットにおいて、日本円ステーブルコインであるJPYCが採用される。
- クロスボーダー連携:JPYCは米Circle社と提携し、オンチェーンFXであるStableFXへの参画を通じて、日本円ステーブルコインから外貨圏へシームレスにアクセスできる仕組みを構築している。
日本での本格普及に向けて
日米を比較した考察
米国には、USDT・USDC等による早期からの草の根的な取り組みによる新たなユースケースの開拓と、米ドル建て資産への圧倒的な需要を背景とした「一日の長」がある。そこに加えて今後は、広範な投資家層によるキャピタルマーケットでの利用や、PayPalやStripeといった非金融機関でありながら巨大な規模を持つ決済プラットフォーマーの存在と、それらの当領域への参入が普及の強力なエンジンとなる。発行体は、プラットフォーマーが容易に導入できるための周辺機能や流動性提供のソリューション開発に力を入れ、厚みのあるエコシステムの形成を目指している。
一方、日本でも各社が取り組みを始めている。JPYCが先行してB2C決済や、B2B・企業内決済における実需を各パートナーと共に掘り起こす一方、金融機関勢はトークン化預金による行内業務のDXや法人決済、信託型ステーブルコインによる大口の法人利用をターゲットに据えている。各プレーヤーがそれぞれの領域で「点」の成功を積み上げている段階であるが、今後はこれらをいかに「面」へと広げられるかであろう。
また、デジタル通貨の真価は、国境を越えたシームレスな価値移動にある。特にグローバルな商流においては、日本円建てステーブルコインと外貨建てステーブルコインとのFX(為替)を介した高度な相互運用性が不可欠であろう。
次なるフロンティア:AIエージェント決済
将来的なワイルドカードとして期待されるのがAIエージェントによる自動決済である。AIが自らウォレットを持ち、取引を委任され、執行する世界は、プログラム可能な通貨であるステーブルコインと親和性が高いといわれている。
AIエージェントが人に代わって決済を実行する世界では、これまで人間主体の取引を前提としてきた決済とは異なる、次のような新たな考慮点が生じる。
- そのエージェントは信頼できるのか(真正性)
- そのエージェントはどの範囲の権限を委任されているのか(委任範囲)
すなわち、誰が、どのような権限で決済を実行しているのかを、技術的に証明・制御する仕組みが必要となる。これらの課題はステーブルコイン自体に直接依存するものではないが、各分野から解決に向けたアプローチが提示されつつある。
- ブロックチェーン技術:アカウント抽象化により、AIエージェントが一定のルールや制限の下でウォレットを操作し、自動的に取引を実行できる仕組みを提供する。
- AI・ビッグテック:ACPやUCPといった共通プロトコルの策定を進め、AIが異なるサービスや店舗において安全に注文や契約を行える標準化を目指している。
- 決済大手:既存のカード決済ネットワークを応用し、トークン発行や認証システムを通じてAIに正当な決済権限を付与する仕組みを検討している。
これらの技術基盤の整備はグローバルで進んでおり、AIエージェント同士が相互に接続されたネットワークを形成していく上では、プロトコルや決済手段の相互運用性が重要となる。そうした動きの中で、日本においても国内プレーヤーによる取り組みの進展が注目される。
まとめ
世界および国内においてステーブルコインは実需フェーズへと移行しつつあり、デジタル通貨の種別や法規制、利用技術の特性に応じて、リテールから大口決済まで最適なユースケースへの分化と適合が進んでいる。特にB2B取引は、既存の決済実務における課題解決への切実なニーズと膨大な取引ボリュームを背景に、今後の市場成長をリードする主戦場として大きな注目を集めている。米国でのユースケースの立ち上がりが示す通り、国内市場の本格的な立ち上げには、ステーブルコイン発行のみならず、周辺インフラ・テックスタックを含めたエコシステム形成を主眼に置いた取り組みやソリューション開発を行うことが、普及における重要な要素となる。