人・社会・テクノロジーの未来を変える、はじまりの場

ジョシュア・W・ウォーカー氏

次世代を見据え、日本とアメリカの架け橋となる

現在、日本には多くの外国人が住み暮らしています。国籍や民族等の異なる人びとが互いの文化的違いを認め、理解しあい、共に生きていく多文化共生の感覚は今後ますます必要になっていくでしょう。日本で子ども時代を過ごした、ジャパン・ソサエティー理事長ジョシュア・W・ウォーカーさんに、ジャパン・ソサエティーの成り立ちと目的、日本社会とアメリカ社会の違い、多様な人びととの共生に向けたヒントや視点について伺いました。

ジャパン・ソサエティーについて

私たちにとって、「ソサエティ―(社会)」は特別な意味があります。ニューヨークを拠点とする「ジャパン・ソサエティー」という組織には、第二次世界大戦後、歴史的に重要な時期がありました。

ジャパン・ソサエティーは1907年、日露戦争の後に設立されました。1907年頃のアメリカは、非常に野心と野望にあふれ、若く経験の浅い国でした。当時、ヨーロッパの列強が各地を植民地化していましたが、日露戦争はヨーロッパの国がアジアの国に負けた戦争だったため、アメリカは日本を同胞のように見ていました。ですが、第二次世界大戦を機に両国は敵対するようになります。真珠湾攻撃があり、1945年前後は日米の関連組織の多くが閉鎖され、ジャパン・ソサエティーも例外ではなく、活動停止となりました。

しかし、1952年に活動を再開します。それはジョン・D・ロックフェラー3世の存在なしには語れません。第二次世界大戦後、彼は来日し、マッカーサーの顧問やヴァンス国務長官などの顧問を務めました。そして、日米の社会が相互理解を深めるために、何らかの組織が必要であるとジャパン・ソサエティーを復活させたわけです。1952年以前のジャパン・ソサエティーは、ビジネス中心に、商工会議所のような役割を果たしましたが、ロックフェラー氏はこの団体を文化中心の団体にしようとしました。人びとを結束させるのはビジネスではないと、もっと社会や個人に根差した人間的なつながりを求めたのです。

このジャパン・ソサエティーを発端とし、アジア・ソサエティー、コリア・ソサエティーなど、さまざまなソサエティーがアメリカで誕生しました。1971年にロックフェラー3世による土地の寄贈によって、現在のジャパン・ソサエティーの建物、ジャパン・ハウスがニューヨークにオープンします。アメリカでは初めて、日本の伝統文化、ビジュアル・アートのギャラリーでの展示、舞台芸術の能や歌舞伎などの公演、語学センターの設立で日本語を学ぶことができる場所となりました。今でこそ日本のアートは、MoMA(ニューヨーク近代美術館)やThe MET(メトロポリタン美術館)など、さまざまな有名な美術館で見ることができます。カーネギー・ホールやリンカーン・センターで日本のアーティストが活躍していますが、ジャパン・ソサエティーはまさにこの日本のアート・文化・社会を国際的なものとしてアメリカに発信するパイオニアであったと言えます。当時まだ無名であった多くの日本人アーティストがニューヨークのジャパン・ソサエティ―で注目を集め、その後活躍し、国際的なアーティストとなっています。

日本社会とアメリカ社会

ジャパン・ソサエティーの存在意義とは何でしょうか?アメリカは未来志向の国であまり過去を振り返りませんが、逆に日本は過去を重要視して、変化や未来を恐れるという傾向があります。

ジャパン・ソサエティーの理事長就任に伴い、ニューヨークに居を構えたのは3年半前の2020年2月でした。ニューヨークは同年3月にロックダウンしていますので、その直前でした。ジャパン・ソサエティーの役割は単に日本のアートやビジネスへの理解を促進させるだけではなく、米国社会へ日本の価値観を伝えることであると思っています。もちろん、過去は大切ですが、新しい道をつくり出していくことも必要です。

コロナ禍がニューヨークに対してどんな影響を及ぼしたかを考えた時、日本と違ったのは、コロナ禍をきっかけに社会の力が解き放たれた点です。特にアジア系アメリカ人の力です。トランプ前大統領が新型コロナウイルスを「中国ウイルス」と呼び、反中感情を煽りました。そういった中で、多くのアメリカ人は、中国人・韓国人・日本人の区別がつかないため、ニューヨークの日本人も、自分たちが攻撃対象になっていると感じるようになり、結束が促されました。

パンデミック中に明らかになったことが二つあります。一つは米国のアジア系移民の中で世代交代が起きているということ。つまり、戦後活躍した日系アメリカ人の重鎮政治家の多くが逝去し(訳注:大統領継承順位3位であったダニエル・イノウエ氏など)、次の世代は韓国系・中国系アメリカ人にとって代わられているということです。そして二つ目は、パンデミックの間、他国に比べて極端に厳しく日本が閉鎖されていたということです。日本はいつもどこか遠く離れた国のように思え、理解しにくい島国だと思われています。私自身は1歳から18歳まで北海道で育った道産子で、両親は現在に至るまで42年間札幌にいます。日本で育ち、日本語も話し、日本の文化にも慣れ親しみ、日本人の友達もたくさんいます。ですが外国人の立場からすると、日本に適応するのは非常に難しいと言えます。まるで鍵のかかった箱のようで、日本の新型コロナ政策によって、その印象がさらに強化されました。日本は非常に保守的で、決定に伴う責任をとりたがらない国だと、外からは見えます。アメリカというオープンで多様な社会と、日本という閉鎖された均質な国。この対照的な二つの国を見るにつけ、私の仕事は、この日本社会をアメリカ人たちに伝えていくことであると思っています。

これからの日本の社会

これからの日本社会を考えるにあたって、今感じていることは二点あります。第一には、日本は多様性という側面で多くの問題を抱えているということです。まずは女性に十分な権限や機会が与えられていません。先の内閣改造で5人の女性が大臣に任命されましたが、副大臣・政務官に至ってはゼロでした。人口の半分を構成する重要なグループが十分に生かされておらず、機会を失っているということにほかなりません。

第二に、同調圧力が非常に強いと思います。世間体を気にして、髪の色、目の色、LGBTQのような性的指向に関しても、まわりと同じようであれという圧力が存在します。アメリカではそれはアイデンティティであり、選択肢であるとみなされます。人生をどう生きるか、自分をどう表現するかは個人の問題であって、社会が決めることではありません。日本のアメリカ大使もこれを問題にしていますが、世代によって問題の捉え方に溝があると思います。

外から日本を見ると、古い世代の男性の女性に対する扱い方を文化的なものだと日本人は思うかもしれませんが、アメリカ人から見たらそれは差別です。昔からの風習や同調しなければならないという圧力は、外に対してもトラブルを生んでいます。

私は来日するとさまざまなパネル・ディスカッションに呼ばれますが、登壇者はほぼ全員男性です。これはパネル(panel)ではなく“マネル(manel)”と呼ばれ、アメリカではまず受け入れられません。

何か行動を起こす時、マイノリティだけではいけません。女性、アフリカ系アメリカ人、アジア系アメリカ人、あるいは、LGBTQの人たちが自分たちだけで権利を訴える、方法ではだめなのです。私のような白人男性、いわばアメリカ社会のマジョリティと思われる人が、まずこういった状況を「受け入れない、拒絶する」と言っていかなければならない、主張していかなければならなりません。

日本は、非常にすばらしいものを持っているのに、宣伝やPRが下手です。アメリカ人はその逆で、自己PRが上手です。PRの際、完璧にこだわる必要はありません。日本のありのままで、既に世界にとって価値があるということを認識してほしいのです。日本には古くからの文化があります。一方、私が育った北海道は、京都や東京のように、日本の首都として古い歴史がある土地ではなく、むしろ未来志向でフロンティア志向の土地柄ですし、アイヌ民族がいて、多様性があります。同じように見えても、実際、日本社会は本当は多様であることがわかります。日本人は考えや思いを内に秘める傾向がありますが、そういった違いにこそ美が宿ると言えると思います。ニューヨーク、ジャパン・ソサエティ―での活躍を通じて、世界的アーティストとして飛躍された草間彌生さんやオノ・ヨーコさんは、日本とは何かを自らの表現方法で世界に示しました。それこそ、アメリカが日本に求めるものです。ですから、私は日本の社会を、伝統的な文化、芸術はもちろんのこと、ビジュアル・アートや漫画やアニメといったポップ・カルチャーを通して、日本を様々な角度からPRしていきたいと思っています。また、政府レベルだけでなく、民間企業や学生、個々人のレベルで、日米の社会をつなげていきたいと思っています。

ディスカッション

外国人も暮らしやすい日本になるにはどうしたらいいでしょうか。

言葉や文化が違うので、それを克服する最善の方法は、外国人に解決策を考えてもらうことです。どうしたら住みよい街にできるかを外国人自身に考えてもらうのが一番です。そして外国人には東京だけではなく、ほかの日本も見てほしいと思います。東京の外に行けば、より人びとは優しく、親切で、おもてなしをしてくれる。北海道などはとても人助けをしてくれる。東京とはまた違う環境であり、違う魅力もたくさんあります。

日本の社会で女性が活躍するためには、何を変えたらいいと思いますか。

難しい質問です。私は団塊の世代の方たちが大好きですし、とても感謝していますが、一番簡単な答えは、世代交代かもしれません。家庭においては、私自身は父親であり子育てを楽しむことはできますが、母乳をやることはできないですし、母親でなければできないケアもたくさんあると思っています。日本社会は育休から復職する女性のフレキシブルな働き方を考えていくことが重要だと思います。勤務時間を固定するのではなく、朝早い時間や夜遅い時間も考慮に入れるべきです。なぜなら、未来の世代の子供たちを育てることはこの世で一番重要な仕事だと思うからです。これは社会的な視点、経済的な視点からも、もっと議論すべきだと思います。女性だからということだけではなく、人間として、また労働者として、柔軟な働き方を検討するべきです。日本に欠けている視点、これはアメリカでも欠けている視点かもしれませんが、まず、勤労者を人間として捉えていくこと。親であること、つまり子育てはフルタイムの仕事であり、また人間にとって貴重な経験で、これこそ社会全体が称賛するべきものです。幸せな社会にとって何が必要なのかを考えてほしいです。

漫画やアニメ、日本文化のグローバル化についてはどう思われますか。

世界でも大人気になっている日本のアニメはたくさんありますね。ですが、日本はもっとグローバル化をうまくやれると思います。プロモーションの仕方が大事です。日本人は、製品を宣伝することには長けていますが、文化や概念などのソフト面をプロモートするのは今一つですよね。今、日本にとって本当に大きなチャンスが来ていると思います。日本のモノはとても上質で、規模ではなく質で勝負できます。現在の日本文化だけではなく、武道・茶道・禅・仏教…日本には素晴らしいものがたくさんあります。私がこんなにたくさん知っているのに、なぜ日本の人たちが自分たちでその魅力を十分に説明できないのでしょうか。島国であることが諸刃の剣となっているのかもしれません。

次世代の子どもたちの自己肯定感を育てるためにはどうしたらいいでしょうか。

日本人は自分たちのいいところを聞かれると「何もない」と答える人が多い印象があり、それが問題だと思います。アメリカ人は「自分たちはナンバーワン」だと思っています。アメリカと日本の大きく違う点はここですね。アメリカの教育ではcreative thinkingを重視します。現在コロンビア大学で教えていますが、授業中に学生がすぐPCで調べて「ここではこう書かれています」と、教授にも積極的に意見するのは日常茶飯事です。テクノロジーもうまく使いながら共に成長していくのです。PCだけに向かい続けるような姿ではありません。

そして教育において、最も大切なのは家庭内の空間の共有です。本当に子どもが何をやりたいのかを家族として考え、一緒に読書したり制作したり、時間を共有することが大事です。家族の関係をもっと強くするべきです。最近は減っているかもしれませんが、祖父母と孫、多世代の家族内交流も日本の強みだと思います。

私は日本とアメリカの心の関係、「絆」を強くしたいと願っています。私は「絆」という言葉が大好きです。英語だと“connection”とか“bond”かもしれませんが、何か違いますね。「絆」は「絆」です。道産子としては、一緒に温泉に入り、ヨーグルトを飲み、その後に味噌ラーメンを食べに行く。そんな日本の「絆」マインドを私は愛していますし、アメリカにも伝えていきたいと思っています。

ありがとうございました。日本とアメリカの両方の視点をもち、文化が果たすより良い社会、誰もが生きやすい共生社会の実現に向けたカギを、引き続き探ってまいります。

Text by Nozomi Ogasawara

プロフィール

ジョシュア・W・ウォーカー

Joshua W. Walker

ジャパン・ソサエティ理事長

1907年ニューヨーク設立の日米交流団体、ジャパン・ソサエティーの理事長。米国生まれ、日本育ちのバイリンガルとして、国際関係、日米間の相互理解促進に従事。18歳で渡米。リッチモンド大学、イェール大学大学院卒業。プリンストン大学で博士号(政治・公共政策)取得。米国務省、国防総省を含む複数の政府機関ポストを歴任。地政学的リスク分析専門コンサルティング会社ユーラシア・グループのグローバル戦略事業部長兼日本部長を経て、2019年12月より現職。コロンビア大学国際公共政策大学院(SIPA)准教授。

小笠原 望

おがさわら・のぞみ

研究員/プロデューサー【2024年時点】

東京都生まれ。株式会社電通へ入社後、雑誌メディア・PR・ビジネスプロデュース・人事局労政部など多岐にわたる業務を経験。2023年より電通総研。主な研究テーマは「多文化共生」「地域」。