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クオリティ・オブ・ソサエティ2024

学びは、私たちを後押しする風

急速なデジタル化や先行きの不透明さを背景に、日本でもリスキリングやリカレント教育が注目されています。一方で、生涯学習※1はその定義の広さゆえにあいまいに捉えられているようです。電通総研が実施した「クオリティ・オブ・ソサエティ指標2023」※2の中で「社会人の学びの障壁」を尋ねたところ、主にはお金、時間、年齢、学びたいことが見つからない、家庭でのケアとの両立の難しさが挙げられていました(図1)。

このように社会人ならではの障壁もありますが、大人になってから主体的に学ぶことは難しいのでしょうか。そこで、欧州における生涯学習について、そのしくみと、実際に学んでいる人へのインタビューをまとめました。

※1 文部科学省では「一般には人々が生涯に行うあらゆる学習、すなわち、学校教育、家庭教育、社会教育、文化活動、スポーツ活動、レクリエーション活動、ボランティア活動、企業内教育、趣味など様々な場や機会において行う学習」の意味で用いられる。
※2 調査対象は日本全国の18~79歳の男女12,000名(都道府県と性年代の人口構成比で回収)で、図1は「学ぶことに興味がない」「学ぶことに興味はあるが、実際にはできないと思う」と回答した8,174名に尋ねた理由。詳細レポートはこちら「クオリティ・オブ・ソサエティ指標2023」

欧州に見る、生涯学習のしくみ

EUでは「直近4週間に学習に参加した25~64歳」※3の割合は、スウェーデン(34.7%)を筆頭にEU平均で10.8%です。社会のデジタル化やパンデミックがもたらした働き方の変化や失業率の高まりは、仕事の見直しやスキル取得を促しました。学びを提供する側がオンライン学習に移行して、多くの人がアプローチできるようになったのも、その要因です。

スウェーデンでは、国を挙げた生涯教育が進んでいます。歴史的に移民が多く、仕事をするための言葉とスキルを学んでもらう移民支援策でもありました。教育は全ての国民に開かれていて、授業料は無料です。社会人にはリカレント教育を受けるための休暇制度が認められています。また、スウェーデンはジェンダーの公平性が高く※4、結婚や子育てを理由に仕事が失われてはならないという考えが浸透しています。性別を問わず、休暇を用いて子連れでリカレント教育を受けることも珍しくありません。

次に、2000年代以降に労働時間の短縮とフレキシブル・ワークが奨励されてきたイギリスを取り上げます。政府は、学習への参加を妨げるのは経済的要因だと分析し、助成金など生涯学習の支援に力を入れています。生涯教育を提供する機関は大学とカレッジのほか、オンライン学習プラットフォーム、NPOによる生涯学習支援などがあります。就学形態もフルタイム、パートタイム、オンライン学習などさまざまで、参加者のニーズを満たせるようにコースの内容や受講方法が工夫されています。

Case 1~3では、イギリスで生涯学習に参加した3人のインタビューを紹介します。

※3 Eurostat “Adult participation in learning (last 4 weeks)”, 2021
※4ジェンダー・ギャップ指数(世界経済フォーラム、2023年)でランキング5位

インタビュー Case 1
「学ぶことで、知らなかった自分を発見する」

~大学院の夜間授業でメディアカルチャーを学ぶジョアンさん

私は、以前は投資銀行でプロジェクト・マネージャーとして働いていました。子どもが生まれたことや両親の介護もあり、都市部での仕事を辞めました。私のライフスタイルに合った仕事を見つけるためにデザインの学位取得を目指しましたが、家庭の事情もあって途中で学位取得を断念せざるを得ませんでした。その後は、仕事や生活全体で実務的な観点からデザインについて取り組んできました。テキスタイルや写真についても学びました。出版業界で働いたこともあり、デザインに関するものが好きです。UXデザインに興味をもち、デジタルスキルのコースを受講して履修証明を取得しました。それからもっと学びたいと思ったのです。

今は、夜間に対面授業が受けられる大学院の修士課程でメディアカルチャーを学んでいます。実務面と学術面の両方の知識をもつことは大事で、デザインの背後にある心理学や思考についても今まで以上に考えるようになりました。よいデザインのためには、デザインの背景、考え方、クライアントの視点にアクセスできることが大事だと思います。

それに、正直なところ、直接の知識以外にも得たものはとても大きいです。学術論文を読むことで異なる考え方に心を開き、私自身も異なる方法で考えられるようになりました。この経験が私をどこに導くか、まだわかりませんが、自分のビジネスを始めるのにも役立つはずだと思います。それから、学習の中で出会った人たちと年齢やバックグラウンドに関係なくつながりを築いたこと。同じ講義を受講して多くのことを話し合いますが、異なるバックグラウンドの人たちと話すことは新鮮で本当に素晴らしいことだと思いました。これからも新しいつながりができることを期待しています。

私が都市部で働いていたときは学ぶための時間を取れませんでしたが、もしもそのときに自分の興味を追求していたら、どれだけ有益だったかと考えてしまいます。当時の仕事と現在の仕事を組み合わせることができていたかもしれないですね。

そして、学んだことは、キャリアへの情熱とスキルセットの組み合わせに変わることもあると、私は信じています。自分の興味や学習がどこに導いてくれるかを、誰も知りません。まったく異なるキャリアやプロジェクトになるかもしれないし、社会で何らかの活動に参加するかもしれません。それに、知らなかった自分を発見するかもしれません。例えば、あることが本当に好きだとか、それまでやったことのなかったことが実は得意だったとか。これは試してみないとわかりません。私が学びを深めなかったら、自分が何をできるかについてまったく気づかなかったかもしれないと思います。

インタビュー Case 2
「Comfort zone(快適な領域)から出て、新たな出会いを」

~ブルガリアに最近住み始めた、好奇心の赴くままに学ぶリチャードさん

私は現在、二つの場所に住んでいます。仕事のために北ウェールズに、また数年後に本格移住するためにブルガリアにも住み始めました。私はスポーツ科学とスポーツ・コーチングを長年教えています。生涯学習に関心が高く、新しいスキルを身につけたり、挑戦したり、特に手や体を使って学ぶことが好きです。これまでに思いつきで習ったことの中には羊の毛の刈り方もありました。そのほかにも、料理と健康維持の方法を教えるプロジェクトに関わったときには、食と栄養に関する知識を深める必要がありましたし、鍛冶のコースに参加して金属を溶かしたりねじったり曲げたりするスキルを学んだりもしました。友人に誘われて、スタンドアップパドルボードのパドルを木で作るというサプライズのある学びに参加してこれがとても気に入ったので、スタンドアップパドルボードのインストラクターのコースにも参加しました。決してインストラクターになりたいわけではなく(笑)、知識と技術をセットで向上させることが目的でした。それから、休暇を取って、息子と一緒に一週間で木造建築を学ぶコースに参加したこともありましたが、これは木材の測定方法やジョイントの作り方など新しいスキルを学ぶアクティブな休暇になりました。

学びの場は多くを吸収しながら人びとと交流するよい方法であり、パブに行くのとは異なります。イギリスには伝統的なパブ文化がありますが、少し退屈になることもあります。それに対して、学びの場では新しいスキルや理論や知識を学ぶだけでなく、新たな人間関係や友情も生まれます。新しく出会った人との会話の中では、相手がどのようなバックグラウンドをもっているか、なぜこのコースに参加しているのかを尋ねます。講師ともよく話しますが、マニアックなことを教えている講師は興味深いバックグラウンドをもつ人が多いです。

日常生活と学びとのバランスを取る苦労はありました。息子が幼かった頃、私は夜間のクラスや週末のアクティビティに参加していましたが、ちょうどラグビーのコーチもしていて、ある程度の責任も負わされていたので、周りの人びとの関与が必要でした。家族全体で協力する必要があります。私は常に息子にも妻にもいろいろな活動に参加することを勧めています。妻はサックスのレッスンを受けてバンドに参加しました。このようなことを実現するためには譲り合いと協力が必要だと思います。そのおかげで、私たちは自分たちの興味を追求することができ、情熱が湧き、異なる洞察を得て、新たな人びとと出会うことができます。このような活動に参加することによってComfort zone(快適な領域)※5から出ないと新たな出会いはありません。

それから、テクノロジーの時代が到来し、私自身もAIを使った教育を試していますが、AIやテクノロジーに依存してしまい、よりクリエイティブな方法があるかもしれないことに対して無関心になる可能性に気づいています。これは現代社会にとって喫緊の課題だと思います。ブルガリアでの私の隣人は、羊を飼う伝統的なライフスタイルを送っています。彼は英語を話さないし、私のブルガリア語はかなり拙いけれど、私たちは互いから常に学んでおり、それは本当に素晴らしいことです。ちなみに、仕事として依頼されないよう、羊の毛刈りができることは彼にはまだ秘密です(笑)。
世界中のあらゆる文化には忘れ去られがちな多様なスキルと知恵があります。私たち自身が子どもたちや仲間に伝えない限り、伝統的なスキルはもう必要とされないかもしれませんが、これらは豊かさをもたらすはずです。私は、隣人が鎌で干し草を作る様子を見ています。北ウェールズでは馬で木材を運ぶ場面は歴史を教えるためのショーのようですが、ブルガリアでは生活の一部です。都市とは異なる世界があることを忘れてはいけないと思います。日常の中から学び、文化の多様性と伝統を尊重することはとても大切だと思っています。

一週間で木造建築を学ぶコース(リチャードさん提供)

※5 Comfort zone(快適な領域)は、心理学では、ストレスや不安が無く、落ち着いた精神状態でいられる場所を指す。Comfort zoneの外側にはLearning zone(学びの領域)がある。Learning zoneは自身の能力を超えて未知の体験をする心地の悪い状況でもあるが、これを心地のよい状況に変えようとする努力が学びと成長につながる。

インタビュー Case 3
「人びとがアカデミックな選択科目以外の何かを学ぶことは、社会にとって有益」

~自分のやりたいことに時間を使い、学びと都市生活を両立させるケイトさん

私はエンジニアで、約20年間ITコンサルティングをしています。アウトドアや動物が大好き、学ぶことも大好きです。ここ数年はMBA※6の勉強をしています。そのほかにも新しいスポーツやさまざまなクラフトを学んでいます。経験とスキルを広げたいと考えている、私と同じような考えをもつ人びとに出会うことが好きです。クラフトでは、木材、金属、ガラス、陶器などに取り組みました。私が作るものは完璧ではありませんが、それを見て「私がそれを作った」と思えるのがいいです。今でも家で使っています。

私が参加しているコースでは多くの人が似たバックグラウンドをもっていることを発見しました。彼らの多くはデジタルノマドで、オンラインで仕事をしながらいろいろな場所を旅行しています。一般的な人とは少し異なるライフスタイルを選択している人が多いですね。世界中を広く旅行し、異なる文化の中で異なる経験をして得た知識が魅力的です。私には特定のアクティビティごとのグループがあって、例えば「アウトドア好きのグループ」では山で過ごしたり、スタンドアップパドルボードをしたり、カヌーを漕いだり、犬と散歩をしたりします。そのグループの人たちは薪ストーブ用の薪を自宅に運び入れるのを手伝ってくれます。

私は学びと都市生活を両立してきました。10年間ロンドンに住んでいて、大都市での生活を楽しみながらも、木曜日から週末は郊外で過ごしてきました。それには、仕事をするうえで私がオフィスにいる必要がないことを、パンデミックの前からクライアントに説明していたことも影響しています。おかげで自宅で仕事ができるようになりました。郊外の農場では養蜂をしているので、以前学んだせっけんの作り方を思い出して、その副産物である蜜ろうを使用してキャンドルとせっけんを作り、それらをマーケットで販売しています。ロンドンでは劇場に行ったり、おいしいレストランに行ったりして、自分がやりたいことをします。テレビやサブスクリプションサービスで話題の番組を観ることに時間を使うのではなく、自分のやりたいことをする。それが私の学びと都市生活を両立する方法です。

リカレント教育や生涯学習は、社会にとって有益だと思います。あまりにも多くの人が、もはや自給自足ができず、他者に頼りすぎていると思います。スキルの多くは、実はそれほど難しいものではなく、基本的な訓練を受ければ習得できるものです。私たちはサービスや商品を買うことに慣れてしまっていますが、私は「どうして、こんなに多くのことが自分でできるのに、買う必要があるんだろう?」と思ってしまいます。家具を作るような簡単なことでさえ、今ではほとんど大量生産で、店で買った家具の半分は代々受け継がれることはないでしょう。でも、私の家には自分で作った椅子があります。ちょっといびつだけど、とてもいい。オーク材だから200年後も使えます。一般的な工程や大衆的な家具、画一的なホテルなどに慣れることによって、スキルの多くが失われつつあることを懸念しています。私は科学的進歩には大賛成ですが、過去に成し遂げてきたこと全てを失うようなことをしてはならないと思います。一度失ったものは取り戻せないのだから。バランスが必要なんだと思います。

主体的に教育を受けること・学習することで、通常の教育では出会えないようなこと・人・スキルに幅広く触れることができます。そして、何か別の新しいことを理解するようになります。だから私は、人びとがこうした学びに参加して、アカデミックな選択科目以外の何かを学ぶことは、社会にとって有益だと純粋に信じています。

イギリスで人気の陶芸コース(ケイトさん提供)

※6 Master of Business Administration(経営学修士)

生涯学習を受ける動機

これらのインタビューを受けてくれた3人には、次のような学びの動機があることがうかがえました。

現在または近い将来の仕事に直接役立つスキルに限定せず、自分らしさの幅を広げたり、自分が興味のある分野を追求し、さらにそれらをアウトプットするという個人の活動はもちろんのこと、新しいコミュニティに入り、他者の考えに触れ、お互いに触発されて学び合う。環境の変化に左右されず、自分自身の興味・関心や多様なスキルを深めることは、この時代を生きる力になります。また、生きるための糧を得る手段にもなり、働き方の幅や自由度を上げることにもつながります。テクノロジーが発達して便利なしくみができつつあるからこそ、あえて自分と異なる他者の存在に価値を見いだし、自分、他者、ひいてはコミュニティや社会がよい方向に進むための一つの解を探る場として、積極的に学びを求める人びとが集まるのではないかと思います。

日本社会への示唆

日本では「社会人の学びの障壁」として、お金、時間、年齢、学びたいことが見つからない、家庭でのケアとの両立の難しさが主に挙げられています。政府や自治体は助成金などの人材開発支援を進めています。そして、長時間労働の解消とジェンダー平等は学びの障壁を取り除くことに大きく寄与すると考えます。インタビューを受けてくれた3人は「学びはその先にある何かよい物事につながる」と強く信じている姿が印象的でした。学びは、人生をその先へと後押ししてくれる追い風のようなものですが、進むべき方向や目的地を決めるのは私たち自身です。大人の学びが深まることで、一人一人が社会に潜むさまざまな課題への問いを立て、その解決を模索するための対話が進むことを願ってやみません。

取材協力:Tokyoesque
Text and Photograph(本人提供写真を除く) by Mayumi Nakagawa