アパレルの世界市場は2022年度で約95兆円※1 とされ、「衣食住」と言われるほど生活および消費の柱の一つです。学術的な視点と実務の視点を兼ね備えた藤嶋陽子先生と、パリコレクションにて、ユニークな視点のコレクションが常に話題を呼んでいるデザイナーの井野将之さんに、さまざまな視点からよりよいファッションの未来についてお話しいただきました。
他の産業と同様にファッション産業も、環境問題はじめ多くの社会問題に直面しています。お二人はそれぞれ、どのような社会問題に関する取り組みをされていますか。
藤嶋 :私は教育の現場にいますので、一人一人の考えに耳を傾けるようにしています。例えばZ世代は「サステナビリティに関心が高い」とよく言われますが、学生の中には「サステナビリティを意識して消費することはあまりない」という声も少なくありません。環境負荷の低い製品は価格が上がってしまうことも多く、安価な製品のほうが入手しやすいのが現状だからです。消費をとりまく現実的な環境を受け止めて考える必要があると考えています。 加えて、先端的なテクノロジーを駆使した持続可能なファッションの実現を目指す企業にも所属し、新たなソフトウエアを提供しています。また、 “バーチャルファッション※2 ”のプラットフォームの提供など未来のファッションに向けた研究開発に取り組んでいて、私自身はこうした試みがファッションの文化やシステムに与える影響について考えるべく実践的な活動をしています。
3DCGとAIを掛け合わせて、既存の型紙の廃棄や端切れをなるべく出さないように衣服を生産するソフトウエア
井野 :私は、コレクションのシーズンごとのテーマでは、その時に自分が気になっていることを取り上げ、問題と向き合って感じたものをデザインにしています。2021年秋冬「TIME AFTER TIME」ではパンデミックによって沈んだ世界の“再生”を願い、生地のほとんどにリサイクル素材を使用しました。2022年秋冬「THIS IS ME」では東京2020オリンピック・パラリンピックをきっかけに多様性について考え、ファッション業界で当たり前になっている“Mサイズの基準”を、プラスサイズ※3 に設定したり、驚くほど伸縮性が出る技術を生かした素材から、子どもから大人まで同じサイズで誰でも着られるデニムやフーディー※4 を作ったりしました。また、車椅子の方と対話を重ねて車椅子に乗っていても肩がけできるライダースジャケットなどを作り、車椅子の人がよりカッコよく着られるけど、そうでない方も肩がけしても落ちづらい仕様にして、みんなが肩で風を切れる着やすい服にしました。また2024年の春夏コレクション「NOW. AND THEN」では、AIのアウトプットで生じた間違いが、逆に人間的で魅力に感じたので、それをデザインに落とし込んでみました。 ただ、社会問題を意識し過ぎたり、強調し過ぎたりしないようにしています。私もそうですが、押しつけられると心を閉じちゃうこともあると思うので。また、生産過程でも必ず社会問題と向き合うことになりますが、それをクリアしたとしてもセールスポイントにはしません。環境に配慮した素材だからカッコいいということではないと思うので。素材に取り組む企業は増えてきていて技術も進歩していますし、これらの積み重ねで、よい商品が自然と浸透していけばよいなと思っています。
多様性を意識しておこなわれた「THIS IS ME」のコレクション風景
昨今、人や社会・環境に配慮した消費行動として「エシカル消費」という言葉を聞く機会も増えました。ファッション産業に関わる中で考えることはありますか。
井野 :最近考えさせられるのは、リアルファーについてです。近年、アニマルライツの観点からファーの生産・販売を禁止する国が増えています。ファッションのために、動物を犠牲にせざるを得ない実情には反対です。しかし毛皮工場には在庫があり、その命を無駄にしたくありません。ファーで作られたデッドストックの付け襟をたくさんつなげて一着のコートにしたり、廃棄してしまう毛皮の服の裁断クズを集めて毛の部分を刈り、それをリサイクルウールと混ぜたフェイクファーを作ったりしました。そのコレクションは大きく取り上げてもらったのですが、アンチファーの立場から「ノー」という反応もありました。ダウンも同じ状況で、リサイクルしても販売することが難しい地域もあります。既にあるものは活用すべきという見方もあるかとも思いますが、そうならない状況です。何を大切にすべきなのか根本のところがずれていかなければよいなと思います。
藤嶋 :ポリティカル・コレクトネス※5 への意識が高まり、多様な倫理的問題に理解が広まることは歓迎すべきことですが、融通の利かない固定的なルールが生み出されてしまうことは、システムを是正していくことの難しさを考えさせられますね。また、いくらエシカルな消費のほうがよいと頭では理解できても、市場には安くて魅力的な商品があふれていて、たくさんの広告に取り囲まれ消費を促され続けるような、とても引き裂かれた状況にあります。安く新しいものが欲しいといった、既に抱いてしまった欲望を消すのは難しく、倫理的に正しい方向にだけ向かいなさいというのも現実的に難しく、社会全体の問題を個々人の選択の問題へと置き換えてしまうことでもあると思います。どのようなあんばいでスローダウンさせていくのか、言葉だけで正しいルールを語るのではなく、システムや環境から変えていくような試行錯誤が必要だと思います。 井野さんに伺いたいのですが、継続してサステナブル素材を使うことは難しくありませんか?新しいコレクションでは素材もアップデートしなければならず、さらに既存の素材よりもコストが上がってしまう。現段階では耐久性や機能性が劣る場合もあり、コストとのバランスがとても難しいように感じています。
井野 :そうですね。生産国の気候では何も問題なくても、日本の冬の乾燥した寒い気候には適さず、ひび割れてしまう代替レザーもありました。開発段階の素材なので、作り方の工程も増え、コストも時間もかかってしまうのですが、トライアンドエラーの気持ちで取り組んでいます。でも情報や経験を蓄積してきていますので、こうしたら作れるかもという感覚が少しずつ増えてきています。
最後に、ファッション産業の展望と、消費者に期待することについて教えてください。
藤嶋 :これは願いでもあるのですが、「手放すところまでがファッションビジネス」になってほしいと考えています。衣服は、年齢や体形の変化とともに、どうしても合わなくなることが避けられません。でも今は、「捨てる」か「中古買取・販売サービスの利用」など、手放し方の選択肢が少ない。一方、捨てずに長く着ようと試みたり、長期的に使えるものを吟味して買おうとしたりすることは、当然よいことではあるのですが、新しいものが売れなくなってしまう。 私は、衣服を着ることも買うことも好きなので、デザイナーが新しい衣服を作り続けられる世界であってほしいし、衣服を売ること自体が悪いことになってほしくないんです。手放す服がある時は、例えば回収するしくみ、ブランドに戻すしくみがあるといい。それをブランドが無償で社会貢献として担うというのではなく、それ自体がビジネスになるとよいなと思っています。
井野 :素晴らしいですね(拍手)。 私は作り手として、ずっと先の未来に、自分のデザインした服がどこかの国のビンテージショップで取り扱ってもらっているのがベストかなと思っています。いつか世界のどこかを旅行していて、昔自分がデザインした服を見つけちゃう、みたいなのがよいなと。 それから、最近、環境問題、特にアパレルの大量廃棄に関心のある小学生と知り合ったのですが、藤嶋先生がおっしゃられたような洋服の循環である、古着に関わる仕事を起業し小学生社長としてビジネスをしています。その子が大人になった時に、私のデザインした服を古着として見つけてくれたらうれしいなと思います。
エシカル消費という言葉が浸透するきっかけになった「ラナ・プラザ崩壊事故※6 」から10年。エシカル消費に対する関心や理解は高まっているものの、一人一人の消費をみると足並みがそろっていない現状が、インタビューを通してみえてきました。しかしながら、自分自身の解釈で問題と向き合い新しいものを創造すること、問題を研究し新しいテクノロジーも活用しながら解決方法を考案するといったお二方の姿勢に、ファッション産業のよりよい未来の一端を感じました。一つ一つの消費行動の中にも、問うべき課題があり、自分なりの考えを持ち、行動することが求められています。
※1 『アパレルの世界市場レポート2023年』(The Business Research Company、2023年) ※2 バーチャルファッション:仮想現実の世界で体験できるファッションのこと ※3 プラスサイズ:衣類において平均よりも身長や体重が大きい方向けのサイズ ※4 フーディー:フード付きのスウェットのこと。日本ではパーカーと呼称 ※5 ポリティカル・コレクトネス:特定の言葉や所作に差別的な意味や誤解が含まれないように、政治的・社会的に公平・中立であろうとする姿勢や考え方 ※6 2013年4月、バングラデシュで縫製工場を多く含むビル「ラナ・プラザ」が崩壊し、3,500人を超える死傷者を出した事故
Text by Tomohisa Koizumi, Kosuke Aoyama Photographs by Kazuo Ito