透明性の欠如 従来の国際送金では、手数料や為替レートの内訳が不明瞭であり、送金者が実際に受取人に届く金額を正確に把握することが難しい。この不透明性は、利用者の不信感を招き、市場の効率性を低下させてきた。透明性の欠如は、利用者の判断を誤らせ、競争を阻害する要因となる。送金サービスに参入したFinTech事業者の中には、手数料と為替レートを明確に表示することで差別化を図ろうとしているケースもある。コストの不透明性に加えて、送金手続きを行った後に、どのような処理段階にあるのか追跡できない処理段階の不透明さも利用者の不満につながってきた。 EU (2018) “The transparency and level of fees in cross-border transactions” https://finance.ec.europa.eu/system/files/2020-06/2017-cross-border-transactions-fees-summary-of-responses_en.pdf
モバイルマネーの拡大 「金融包摂(ファイナンシャルインクルージョン)」の成功例として注目されるケニアの「M-Pesa」は、2007年に携帯電話を活用したモバイル送金サービスとして通信事業者Safaricom(Vodafone系列)によって開始された。「M-Pesa」によって銀行口座を持たなくとも、携帯からショートメッセージ(SMS)を送信することで、送金、預金・引き出し、支払いといった金融取引を行うことができ、全国のどこでも同一のサービスを受けることができるようになった。これによって、それまで金融サービスにアクセスのなかった層に携帯電話を通じてサービスを提供することになり、ファイナンシャルインクルージョンの代表例と言われている。ケニアから他のアフリカ諸国(タンザニア、エジプト、モザンビーク等)にも進出しており、移民労働者に国際送金の機能を提供することになった。 Vodafone(2024)”Technology and Innovation M-PESA” https://www.vodafone.com/about-vodafone/what-we-do/m-pesa
QRコード決済普及と国際展開 QRコードは日本で発明されたが、決済に利用されるようになったのは中国からで、アリババ傘下のモバイル決済Alipayに採用され、2004年にサービスを開始した。スマートフォン普及とともに利用は爆発的に拡大、ライバルであるメッセンジャーサービスの一部として提供されるようになったWeChat Payとともに、中国国内の店頭決済でも半分を超えるシェアを占めるようになっている。中国人の海外旅行増加とともに、国外でも利用できるようになり、少額の国際送金にも使用されるようになっている。QRコードを使ったモバイル決済はカードリーダー等の端末がなくても店舗で受け付けることができ、アジア全体に拡大している。日本にも逆輸入されるようになり、PayPayはその代表的な存在として取引量を増大させている。 国際通貨研究所(2024)「アジア諸国の QR コード決済連携の動向」 https://www.iima.or.jp/docs/newsletter/2024/nl2024.15.pdf
即時決済の接続 インスタントペイメント(即時決済)とは、リアルタイムまたは数秒以内で処理および決済される電子取引を指し、多くの国で少額多頻度の決済方法として導入されている。こうした決済を複数の国家間で接続して、移民労働者などのために利便性の高い資金移動手段を提供する動きも出ている。シンガポールで導入されたPAYNOWは積極的にアジア各国の即時決済との接続を図っており、タイのPromtPay(2021)、インドのUPI(2023)、マレーシアのDuitNow(2023)などの実績がある。 The Association of Banks in Singapore(2024)“PAYNOW” https://www.abs.org.sg/consumer-banking/pay-now
5.最近の国際送金をめぐる論点
金融包摂とG20の行動計画 世界には、銀行口座を持たない成人が約17億人存在すると推定されているおり、国際送金サービスへのアクセスが制限されている。金融包摂の観点から、銀行口座を持たない人々へのサービス提供は重要との認識が世界銀行などの国際機関から提唱されている。携帯通信などの技術進化によって実現したモバイルマネーやデジタルウォレットなどによって、銀行口座を必要としない送金手段の利用は増加しているが、国際移民労働者の増加に対応して、国際送金コストの削減が必要と論じられている。 World Bank (2018) “The Global Findex Database 2017” https://globalfindex.worldbank.org/
このため、G20は、国際送金の改善を重要課題として位置づけ、2020年に具体的な行動計画を策定しており、国際的な協調の下で、国際送金の課題を解決することに着手した。この行動計画を受けて、金融安定理事会(FSB=Financial Stability Board)は国際送金の改善に向けた具体的なロードマップを策定しており、以下の3つの重点分野が設定された。
ブロックチェーン技術 ブロックチェーン技術は、送金のコストダウンとともに即時性と透明性を実現する可能性を秘めている。仮想通貨ビットコインを実現したブロックチェーン技術は分散台帳技術とも呼ばれるように、中央集権的なシステムインフラ及びデータ管理を必要とせず、ネットワーク上でデータを共有し、分散処理が可能となる仕組みを構築している。ただし、ビットコインのような仮想通貨は価値変動が大きいために、安定的な送金手段として難しいと考えられており、仮想通貨を実現したブロックチェーン技術を応用することで、新しい国際送金の構築が考えられるようになっている。例えば、Ripple や Stellar などのブロックチェーンを使った国際送金ネットワークは、銀行間の送金をリアルタイムで行うことを目指している。また、既存インフラを提供しているSWIFTもブロックチェーン技術についての実証研究を行っており、新旧の技術を組合せて利用することも検討している。さらに、国内では、ブロックチェーン基盤を提供しているProgmat(プログマ)と送金ネットワークの構築を目指すDatachain(データチェーン)がステーブルコインを使った国際送金の基盤構築に向けた共同プロジェクト「Project Pax」に着手しており、3メガバンクも参加を表明するなど、ブロックチェーン技術の活用についての検討が進められている。
Ripple (2023) “RippleNet” https://ripple.com/ripplenet/
Stellar Development Foundation (2023) “Stellar Network” https://www.stellar.org/
SWIFT(2023) “Swift unlocks potential of tokenisation with successful blockchain experiments” https://www.swift.com/news-events/press-releases/swift-unlocks-potential-tokenisation-successful-blockchain-experiments
Datachain(2024)「クロスボーダーステーブルコイン送金基盤構築プロジェクト「Project Pax」 の始動および国内外金融機関との実証実験の開始について」 https://www.datachain.jp/ja/news/progmat-and-datachain-launch-project-pax
スマートコントラクトの利用 ブロックチェーン技術の延長ということなるが、決済手段にプログラムを組込むことによって実現するスマートコントラクトを使った取引の自動化は、送金契約や支払い条件の執行を自動化し、送金手続きの透明性と効率性を高めることにつながる。これにより、国際間での信用問題が解消され、迅速な決済が可能になることが期待される。 IBM(2023)”What are smart contracts on blockchain?” https://www.ibm.com/topics/smart-contracts
CBDCの可能性 中央銀行発行のデジタル通貨(Central Bank Digital Currency = CBDC)は、ブロックチェーン技術を応用する形で、法定通貨に価値をリンクさせて安定した取引を可能にする決済手段である。これらにより、国際送金の為替リスクを軽減し、コスト削減が期待される。実際に多くの中央銀行がCBDCの検討を進め、実証実験にも着手しているが、実用段階にはまだ時間がかかるとみられている。その検討を進める中で、各国で発行されたCBDCを交換するプロセスをどのように実現するかが、国際送金の課題となると指摘されている。例えば、シンガポールのMAS(Monetary Authority of Singapore)は、CBDCの検討を2016年からProject Ubinで行ってきたが、それを発展させ、通貨交換をともなう国際間のホールセール決済に焦点をあてたUbin+に2022年から取り組んでいる。また、国際決済銀行(BIS)が国際金融協会(IIF)とともに主導する実証実験Project Agoráに、世界の有力民間銀行40行が参加、7中銀とともにトークン化された銀行預金とCBDCを通貨交換も含めて同じプラットフォーム上で使用し、国際決済の迅速化と基盤強化を目指す取り組みを進めている。
BIS (2020) “Central bank digital currencies: foundational principles and core features” https://www.bis.org/publ/othp33.pdf
MAS(2022)”Ubin+:Advancing Cross-Border Connectivity with Wholesale Digital Currencies” https://www.mas.gov.sg/schemes-and-initiatives/ubin-plus
BIS(2024)”Private sector partners join Project Agorá” https://www.bis.org/about/bisih/topics/fmis/agora.htm
Head of FINOLAB & Chief Community Officer, FINOLAB Inc.
日本のフィンテックコミュニティ育成に黎明期より関与。2016年に FINOVATORS創設に参加。2018年三菱UFJ銀行からJDD(Japan Digital Design)に移り、オックスフォード大学の客員研究員として渡英。2019年より電通国際情報サービス(現 電通総研)に入社し、同年株式会社FINOLABの設立と同時に現職就任。2021年からはUI銀行の社外監査役も兼任。