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「推し」が社会を変えるきっかけになる

電通総研が2025年6月に実施した調査では、「自分が頑張っても社会は変わらない」という社会への無力感が浮き彫りになりました。一人一人が一歩を踏み出すためのヒントは「推し活」にあるかもしれません。2025年12月に実践女子大学で実施した授業から、推しへの情熱が社会を動かす力へと変わる可能性が見えてきました。

データに表れる「社会への無力感」

電通総研が2025年6月に実施した「クオリティ・オブ・ソサエティ指標2025※1」調査では、「自分が頑張れば、社会を変えることができると思っている」と回答した人は全体のわずか5.5%で、多くの人びとが「社会への無力感」を抱いている様子が浮き彫りになりました(図1)。

  • ※1調査対象は日本全国の18~79歳の男女12,000名(都道府県と性年代の人口構成比で回収)。

社会課題との「距離感」を縮める方法を探る

なぜ、人びとは社会への無力感を抱いているのでしょうか。また、どのようにしたら社会課題との距離感を縮めることができるのでしょうか。「自分が頑張れば、社会を変えることができると思っている」という回答を年代別で見た時、若者世代(18~29歳は9.3%)は高年齢層(60代および70代のいずれも3.7%)と比べてやや高いものの、それでも1割未満に留まっています。そこで、Quality of Societyセンターではこれらの問いに対して、これからの社会を担う若者世代に焦点を当て、次の仮説を立てました。

  • 約9割の若者世代は社会課題へのアプローチの仕方がわからないために心理的な距離を置き、無力感につながっているのではないか。
  • 日常の「モヤモヤ」や「好きなこと」から社会課題を捉え直すことで、一歩踏み出すイメージが湧いて心理的な距離が縮まるのではないか。

こうした仮説を基に、実践女子大学生活科学部現代生活学科准教授・倉持一氏の協力の下、「生活産業史」の授業内で、現役大学生との対話の場を設けていただきました。

倉持氏はCSR(企業の社会的責任)を専門とし、生活産業界では社会課題解決に向けた取り組みが進んでいる一方で、若者世代の間では社会課題への意識が高まらない現状にギャップを感じていました。こうした課題意識の合致から、今回の対話が実現しました。

実践女子大学生活科学部現代生活学科准教授・倉持 一氏

「正しさ(Must)」より「好き(Want)」を起点に

若者世代に対して「社会のために行動しよう」といった「べき論」を振りかざしても、かえって萎縮させ、「私には無理です」という反応につながりかねないと考えて、「推し活」に着目しました。

2024年9月に電通が実施した調査によれば、15~29歳の女性の71.1%が「推しがいる」と回答しています※2。「推し活」に励む若者の中には徹夜で応援グッズを作ることも、各地に遠征することも苦としない方が数多くいます。そこには、誰からも強制されずに推しを愛する自発的で爆発力あるエネルギーが内在します。

    社会課題との距離感を縮めるためには社会的・道徳的な「正しさ(Must)」ではなく、むしろこうしたエネルギーとつなげていくこと、すなわち、個人的な「好き(Want)」の延長線上に社会との接点を見いだすことに自分ごと化への糸口があると考え、「推し活×社会課題」をテーマにしたワークショップを取り入れました。

    • ※2電通報「約半数に“推し”がいる時代、広告・マーケティングに必要な視点とは?」

    ワークショップは以下のステップで進行しました。

    1. 【現状把握】全国調査と授業参加者の意識比較
    2. 【インプット】「推し活×社会課題」の事例紹介
    3. 【自己と他者の理解】日常の「モヤモヤ」の言語化
    4. 【思考の柔軟化と発散】「推し活×社会課題」のアイデア出し
    5. 【思考の収束と具体化】アイデア実現に向けた最初の一歩を考える
    6. 【全体共有】グループで共有し、1番「いいね!」と思ったアイデアを発表
    Quality of Societyセンターの鷲見は現状把握とインプットのパートを担当

    前半はワークショップに必要な現状把握とインプットを実施しました。

    はじめに大学生の意識を把握・共有するために、前述の全国調査で用いた質問をスマートフォンで回答してもらい、その場で集計結果を示しました。結果は図1と大きく変わらず、「自分が頑張れば、社会を変えることができると思っている」と答えた学生はわずかでした。

    続く「推し活×社会課題」の事例紹介では、保護猫活動への支援(推し活×動物福祉)や、アニメや漫画の舞台巡り(推し活×地域活性化)など、実際に推し活が社会を動かしている例を取り上げました。社会課題に関わる取り組みというハードルが高そうに見える行動も、推しを愛する日常の延長線上にあっていいというメッセージを伝えることで、学生の心理的なハードルも下がったのではないでしょうか。

    後半のワークショップでは、学生たちの身近にある「モヤモヤ(普段の生活で感じる違和感や不満)」と、自身の「推し」や「好き」というポジティブな気持ちを結びつけることで、等身大でリアルな大学生の声が自然に出てきました。

    社会課題への意識や興味のある分野をスマートフォンで回答してもらい、その場で結果を共有

    個人の「熱量」が社会を変える

    授業開始当初は硬かった教室の雰囲気もワークショップが進むにつれて徐々に和やかになり、遠い世界の話だった社会課題が自分ごとである「推し」や「好き」と紐づけられていきました。そうして自分たちの手で触れられる具体的な解決のアイデアと、自分たちにできる一歩目のアクションに変換されていく様子が伝わってきました。

    【学生が生み出したアイデアと一歩目のアクションの例】

    1. 「アニメキャラクター」×「水質汚染」:キャラクターが水質汚染や海洋ごみ問題について発信するストーリーをつくる。
      自分たちにできる一歩目:海や川などで暮らす動物たちが安心して過ごせるように、まずは自分が日々のごみ分別を徹底する。
    2. 「サウナ」×「高齢者の孤立」:サウナ券を地域の高齢者に配布し、サウナを高齢者の孤立を防ぐ地域交流の場にする。
      自分たちにできる一歩目:まずは高齢者の単身世帯の現状やデータを自分で調べてみる。
    Quality of Societyセンターの齋藤は司会とワークショップの企画・運営を担当

    また、授業の最後に得られた気づきや感想をアンケートで尋ねたところ、「推し」や「好き」を通して社会課題を捉えることで、社会課題が身近で取り組みやすいイメージに変わったという声が多く寄せられました。

    日常に潜む違和感を見つめ直し、自分の好きなことを通じて半径数メートルのリアリティを捉えていくことが、よりよい社会づくりに向けた行動の源泉になることが感じ取れる内容でした。

    【参加者アンケート(授業で得られた気づきや感想を一部抜粋)】

    • 自分の「好きなこと」から社会課題を身近に感じさせるアイデアを生み出すのは、ゼロから生み出すことよりも簡単にできた。社会と向き合うためによい方法だと感じた。
    • 好きなことを社会課題と結びつけるのは難しいと思っていたが、友達の意見を聞き、可能性は無限大だと未来が明るくなった。
    • 社会課題は堅い感じで、難しく捉えてしまっていたけど、そんなことはなくもっと柔軟に考えていいのだと気づけた。
    • 推し活はビジネスであるという前提だったので、社会課題を解決するために活用することができるとは思っていなかった。これからは身近なことも社会を変えるきっかけになるということを意識して生活しようと思った。

    おわりに:「自分ごと」のその先に向けて

    今回の対話を通じて見えてきたのは、社会と自分との距離感は無理に縮めるものではなく、「好き」を追求する過程で自然に近づけることができるということです。

    「自分が頑張れば、社会を変えることができると思っている」人はわずかかもしれませんが、「自分の好きなことのためなら、頑張ることができる」という人は、きっと数多くいるはずです。その「好きから生まれる熱量」が、身近なところから一つ、また一つと、社会をよくする具体的なアクションに変わり、積み重なっていくことで、私たちの暮らしや社会は着実によりよい方向へと変わっていくはずです。

    Quality of Societyセンターでは、これからも次世代との対話を通じて未来の社会のあり方を探求し続けてまいります。

    【倉持先生のコメント】
    学生たちの熱量と発想力に驚かされました。社会課題を難しく構えずに「推し」と結びつけるだけで、ユニークなアイデアが溢れ出す。半径数メートルの日常から社会を変えようとする姿に、学生たちが創り出すこれからの時代への希望を感じました。

    なお、授業の様子は実践女子大学のウェブサイトにも掲載されています。こちらからご覧ください。

      Text by Ryo Saito
      Photographs by Masaharu Hatta