日々の仕事が未来への道
工芸の魅力に引き込まれた私はCraft×Tech(クラフトテック)※6 というプロジェクトを立ち上げ、第1弾として東北の工芸とのコラボレーションから始めました。工芸に携わる職人の方と、現代的な技術を使ってものづくりをしている私たちのようなデザイナーやアーティストを掛け合わせて、斬新なものをつくるという仕掛けです。2024年に日本・スイス・イギリスで巡回展をしたところ、世界各地でとても高い評価をいただきました。現在は第2弾として東海地方の愛知県・岐阜県・三重県から6産地を取り上げたプロジェクトが進行中で、2026年5月末から6月上旬に東京でお披露目をします。
Craft×Tech第1弾 スイスのDesign Miami/Baselにて国外での初発表(吉本氏提供)
工芸という手仕事の世界に踏み込むことによって得るものがありました。この世界では過去につくられたとんでもないものに出会うことがあって、そういうものを見ていると「人間は進化したのか、それとも退化したのか」ということを考えてしまいます。頭脳的な情報処理能力は現代のほうがおそらく高いのではないかと思うのですが、その一方、身体的・感覚的な解像度を失ってきていないかという疑念をもっています。そのような時代に、工芸の現場に触れる機会があることに感謝しています。
日本の工芸は産業としての可能性、つまり伸びしろがあると思います。よく考えてみると、今「伝統的」といわれる技法や工芸品は、つくってきた本人たちが伝統を守ろうとか未来につなげようとか当時思っていたわけではなく、ただ明日の需要のために技術革新をしてきた、それが連綿とつながって今日に至っているものです。私の立ち上げたCraft×Techは「伝統を未来につなげること」を目的に斬新な作品をつくろうとしました。しかし「ただ美しいものをつくること」を目的に現代的な技術を使い、その結果として未来につながっていく。そういった評価を、未来に生きる人から受けるという順番なのかなと思うようになりました。美意識という非常に緩やかに変化する価値観を受け継ぎながら、その時代における技術・技法を使って魅力的なものをつくるという純粋にクリエイティブな活動が伝統を未来につなげることになるのではないでしょうか。伝統を保存するにはルール・法律の力も大事なのだけれど、実生活の中に生きている美意識をもって伝統を更新し続ける現場のクリエイティブな力も大事で、それらのバランスがとても重要だと考えています。
共通接線が拓く新たな領域
工芸もデザインの仕事もする中で、私が特に意識しているのはこれからのデザインの役割です。ロンドンでデザインを学び始めた最初の1年半は、工学部でのエンジニアリングと美大でのデザインの考え方のギャップが大きくて本当になじめず、退学も考えるほどでした。エンジニアリングは設定したゴールを実現するための道筋を描きますが、デザインは自由度が高く、最初にゴールを設定してしまうとその時点で範囲を固定してしまうことになります。デザインを学ぶ中で、他にもっと面白いもの・すごいものがある可能性をもっと探索しなさいとひたすら言われました。既成概念を外していき、「昨日まで誰も話さなかった話を今日できるようになる」ことがデザイン思考のポイントなのかなと思います。
最後に、これから私がやりたいと考えていることをお話しします。私のデザインスタジオの名前“Tangent”は「接線」という意味で、当初はクライアントや技術や社会に寄り添うような、柔らかい優しめのデザインをしたいという気持ちでつけた名前だったのですが、最近は「共通接線」を頻繁に考えるようになりました。全く異なる二つの領域を示す円があるときに、お互いに関係がなく、つながることもないと思っている場合でも、その円の外にいる立場の視点からは、思いのほか二つの円がいい感じにつながりそうだなと見えることがあります。それはまさに、二つの領域に「共通接線」を引くという行為です。
網羅的・探索的にアイデア出しをしていると、ふとした瞬間に、普段はみんな考えていない目線が見えてくることがあって、とても控えめな線を引くだけで、今まで全く関連していなかった二つの円が間接的にじんわりつながって、何かが生まれます。接線は少しぶれるだけで円から離れてしまったり円を突き刺したりしてしまいますが、絶妙な接線にはいい緊張感があって、よりよい緊張感の中でお互いへのリスペクトを高くもてる関係性で一緒にものづくりができる、そのようなコミュニケーションのデザインでもあると思います。私は資本力も大きな組織ももっていませんが、デザインという視点のもち方とベクトルが、何か新しいものをつくるときの考え方の土台になると考えています。
デザイナーの仕事は何が専門なのかよくわからないところがありますが、だからこそ面白い。外の立場から期待を超える仕事をし、共通接線を引くことで新たな領域や未来をつくっていく。Make it better and betterができる仕事だと考えています。
Text by Mayumi Nakagawa Photographs by Masaharu Hatta
大澤真幸座長の視点
かつて、いくつかの目立った商品に関して、日本製が、世界市場を席巻していた。例えば、世界中のどこのホテルに行っても、液晶テレビは日本のメーカーのものだった。今でも、いくつかの部門に関しては、日本のメーカーの製品が、大きな世界シェアをもってはいる。とはいえ、何でもかんでも日本製品が圧倒している、という状況ではない。
だが、かつてのように世界中に日本製があふれる日を夢見ても、もう二度とそんなときは来ないだろう。工業製品に関する、どんな技術的なイノベーションもすぐに追いつかれ、追い抜かれるからである(ただし、当たり前のことだが、最先端のテクノロジーをもち続けること、後れをとらないことは、企業にとって、文字通り死活的に重要である)。
では、日本にはもはや「売り」とする長所はないのか? そうではない。「売り」となるものはある。その(もっとも有力な)一つは、日本文化の伝統に根ざした美意識、美的センスである。
Future Impact Forumの第9回に吉本英樹さんをお招きしたのは、吉本さんがデザイナーとして、日本の伝統的な工芸において継承されてきた美と最先端のテクノロジーを統合する、優れた仕事をされているからである。吉本さん自身の言葉を使えば、テクノロジーと日本的美とをつなぐ共通接線を見つけること、これが吉本さんの現在の仕事の核になるモチーフだ。
吉本さんは、Craft×Techというプロジェクトを推進している。これは、伝統的な工芸に携わる職人と協力し、そして先端的な技術をも駆使しながら、斬新で美しいものをつくっていこう、というプロジェクトである。第1弾の東北の工芸とのコラボレーションの成果は、世界各地の巡回展で発表され、高い評価を得てきたとのことだ。現在は、東海地方の職人とのコラボレーションが第2弾として進められており、その成果は近く公開予定。
講演によれば、吉本さんが日本の伝統工芸に出会ったのは、LEXUS DESIGN AWARDのトロフィーを制作したときだという。素材をどうしようかと悩んでいたとき、たまたま――何とロンドンで――秋田県の川連漆器の職人と知り合った。帰国後、実際に秋田に足を運び、漆に衝撃を受けたとのことだ。トロフィーには、漆の「白檀塗」という技法を用いたという。これをきっかけとして、吉本さんは伝統工芸と先端テクノロジーとを結びつけるデザインに積極的に取り組むようになる。
ただ、お話を聞いていて、吉本さんには、それ以前から、半ば無意識のうちに日本の伝統的な美の世界に回帰しようとする志向があったのかもしれない、とも感じた。エルメスから依頼された仕事で、百人一首に収められた阿倍仲麻呂の歌をモチーフにしたものをつくろうなどという発想が出てきたのは、そのためではなかろうか。モチーフになっているのは、異国(唐)にいた仲麻呂の、望郷の思いを詠んだ歌である。講演後の討論の中では、谷崎潤一郎の『陰翳礼讃』を、若い頃から繰り返し読み、そこから刺激を受けてきた、ということも語られた。
ともあれ、吉本さんは、今では、自覚的に、日本各地の職人に積極的にアプローチし、一緒に新しいものをつくっている。このプロジェクトに、私は、以下に述べるような特別な意義を感じる。
日本の伝統からくる美的センスは、日本にとって大きな「売り」になる、と先ほど述べた。しかし、ただ古来の職人芸や伝統芸能を保護する、維持するという態度で臨んでいれば――もちろんそういう活動も重要ではあるが――、日本人の中に沈殿してきた美意識は少しずつ劣化するだろう。なぜか? 伝統の工芸や美の世界は、現代の日本人の生活や感受性と必ずしも適合してはいないからだ。日本の伝統の美の多くは、近代化・現代化を経て生活様式をすっかり変えた今の日本人にとっては、縁遠いものになりつつある。工芸や芸能を文化財のようにそのまま保存するだけでは、「われわれのもの」とは感じられなくなるのだ。
ではどうすればよいのか? このとき、先端的なテクノロジーとの融合が意味をもつ。伝統の美は、先端的なテクノロジーと結びつくことで、われわれの現在の感受性にとっても魅力的なものになったとき、劣化することなく維持される。いや、いっそう洗練されるだろう。伝統的な美意識を存続させる唯一の方法は、それを未来に向けて不断に刷新することだ。伝統の保持と未来に向けてのイノベーション――正反対を向いているように見える両者が合致する。
伝統的な美意識を捨てて海外(欧米)をマネするだけだと、日本人はいつまでもフォロワーにとどまるだろう。しかし伝統に回帰し、それを純粋に保存するだけでも、伝統の美は、疎遠なものになる。
だから、吉本さんのような人が、たくさん出てきてほしい。しかも今すぐに、である。さもないと、伝統的な美意識の劣化が取り返しのつかないほどに進んでしまうからだ。われわれは、伝統の美を現代的に蘇生させるデザイナーやアーティストが次々と出てくることができるように、さまざまな仕方で支援する必要がある。教育の体制を整えること、資金的に援助すること、そしてもちろん多くの仕事のチャンスを与えること、等々。 吉本さんのような才能が出てきている今なら、まだ間に合う。しかし、何もせずにただ待っていた場合には、そんな才能はどこからも出てこない、という時代になるだろう。
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