人びとの暮らしを豊かにするテクノロジー活用のあり方とは、どのようなものなのでしょうか。そのヒントを探るべく、スマートフォンアプリを活用した健康ウォーキングプログラム「TOKIWALK」が展開されている千葉県松戸市の常盤平団地を訪れ、現地で取り組みをけん引する方々に話を伺いました。
聞き手:齋藤 亮、青山 公亮
はじめに:高まらない「DXの有効感」
データから見る「DXと暮らし」の今
電通総研が実施する「クオリティ・オブ・ソサエティ指標※1」調査では、人びとの暮らしに関わるDXの有効感が2023年から2025年にかけて年々低下傾向にあります(図1、2)。
テクノロジーは人びとの生活を豊かにするためのパートナーであるはず。人の暮らしとテクノロジーが調和した地域づくりを実現するポイントはどこにあるのでしょうか? この点について考えるヒントを、千葉県松戸市の常盤平団地に見つけました。
人の暮らしとテクノロジーが調和した「健康まちづくり」に挑む常盤平団地
常盤平団地は、日本の多くの地域と同様に「独居高齢者の孤独と健康悪化」や「コミュニティの希薄化」といった課題を抱えています。同時に、団地内には入居開始から60年以上の期間を通して育まれた多種多様な樹木が、土地の起伏と調和して豊かな自然環境を形成しています。ここでは、豊かな自然環境という地域資源とテクノロジーを組み合わせて人びとの健康増進やコミュニティ再生につなげていく「TOKIWALK」と呼ばれる取り組みが展開されています。
「TOKIWALK」は、千葉大学予防医学センター、松戸市、UR都市機構の三者連携で進められている健康ウォーキングプログラムです※2 。団地内外に設置されたチェックポイントにスマートフォンのカメラをかざすとアプリ上でスコアを獲得できるしくみで、高齢者にも使いやすいシンプルな設計が特徴です。人びとが楽しみながら緑の中を歩きたくなるようにチェックポイントの設置場所にも配慮が凝らされています。
現在では地域の社会福祉協議会や教育機関等も加わって、健康を切り口にしたコミュニティ活動に活用されています。
この取り組みをけん引する千葉大学予防医学センター准教授の花里真道氏と同特任助教の江口亜維子氏、そして現場で住民に寄り添う常盤平団地地域包括支援センター長の杉田一成氏に、地域での人びとの暮らしの充実につなげていくためのテクノロジー活用のポイントについて話を伺いました。
- ※2「TOKIWALK」の取り組みは、令和4年度に松戸市が内閣府より「SDGs未来都市」に選定されたことに伴い、同年度から「地方創生支援事業費補助金」、令和5年度から「デジタル田園都市国家構想交付金(令和7年度から「新しい地方経済・生活環境創生交付金」として再編)」の支援を受けて展開されている。
日常の緑を住民の「誇り」に
テクノロジーを地域で活用するためには、まずは地域ならではの魅力や特徴を捉えることが重要だと思います。常盤平団地の魅力や特徴はどのようなところにあると思いますか?
花里 「TOKIWALK」のプロジェクトに関わるようになり、まず、常盤平団地の自然が豊かで素晴らしいと感じました。健康づくりには生活圏に緑地や公園があることも重要だからです。
私たちが「TOKIWALK」を地域に暮らす方々に伝えるときは、必ず「常盤平の緑は素晴らしい。健康につなげられる価値がある」ことを伝えるようにしています。
その場所に長く住んでいると、どうしても身近な価値に気づかず当たり前になってしまいますよね。私たちのような外部の人間が改めて価値や魅力を伝えることで、地域住民の誇りや愛着にもつながっていくと思います。
また、住民の健康づくりを進める上で、住居から施設やサービスへのアクセスのよさが重要であると、千葉大学や諸外国の研究でわかっていました。常盤平団地は、生活に必要な各施設へのアクセスが計画的に設計されていて、身体活動量を高められる土台がありました。
左から千葉大学予防医学センター特任助教・江口 亜維子氏、千葉大学予防医学センター准教授・花里 真道氏、常盤平団地地域包括支援センター長・杉田 一成氏
テクノロジーを入り口に地域の「体温」を上げる
常盤平団地には高齢者が多く暮らしていて、テクノロジーに苦手意識をもつ方も少なくないと思います。「TOKIWALK」の取り組みを進める上で、こうした方々にも参加しやすいように施した工夫を教えてください。
江口 高齢者から中学生といった若い世代まで幅広く参加したワークショップで意見を聞きながら、チェックポイントの設置場所を検討しました。若い世代がフレッシュな意見を話してくれることで大人世代のひらめきにつながり、多彩な意見を聞くことができました。
また、地域包括支援センターの杉田さんに話を聞いてみると、高齢者の中にはスマートフォンアプリに触れていない方が少なくないこともわかりました。そこで、スマートフォンやアプリが苦手な方に「TOKIWALK」の使い方を教えていく人を育む「TOKIWALKサポーター講座」を開講することにしました。
花里 地域には人と人との顔が見える関係が必要だと思います。スマートフォンを苦手とする高齢者はきっとたくさんいます。そうした最初の一歩を踏み出しにくい方へのきっかけづくりとして、この講座が役立っています。
人びとの交流を築くことから始められたということですね。世代を超えた交流も育まれていそうです。
江口 そうですね。サポーター講座には幅広い世代が参画していて、スマートフォンが苦手な方に、中学生や大学生が使い方を教えるといった関係性が自然に生まれています。
花里 サポーター講座の活動は、地域の小学校にも伝わっています。高学年の児童を対象にしたサポーター講座が授業として開催されたこともあります。子どもたちは地域について大人顔負けの知識があって、積極的に「TOKIWALK」の活動に参画してくれています。
杉田 団地には認知症を患う方や、身寄りがないことで強い孤独感を抱いている高齢者もいます。
常盤平団地地域包括支援センターが開催する地域ケア会議に地元の高校生や大学生を招き、学生目線からこうした課題に対して、「TOKIWALK」を活用した解決策のアイデアをもらったこともあります。世代を超えたツールとして「TOKIWALK」の活用が進んでほしいと思っています。
生活の中で自然に健康を意識できるようにと、団地内には歩幅を計測できるシートも設置
地域のソーシャルキャピタル(社会関係資本)にも寄与していそうです。
江口 以前、ヘビーユーザーの方にインタビューしたところ、同じ利用者との出会いやコミュニケーションを求めていることがわかりました。そこで、イベントで交流の時間を設けるなどの工夫を施したところ、利用者の間で「また会ったね」と声を掛け合い、互いに顔なじみになっていきました。歩くことやスコアを獲得することだけではなく、人との出会いを楽しみにしている様子です。
杉田 「TOKIWALK」は、地域が抱える悩みの解決とも親和性が高いと感じています。常盤平団地には高齢者世帯がとても多く、入居者の孤独や孤立も課題です。私もサポーターとして地域の医師に活用を勧めています。医師からの口コミを通じて、住民にもっと活用されるようにしたいですね。
テクノロジーが使われる鍵は「優しさ」と「人間的魅力」
「テクノロジー」と聞くと、ハードルが高く、難しい印象をもたれる方もいるかもしれません。地域にテクノロジーがより浸透し、調和していくためには何がポイントだと思いますか?
花里 誰でも気軽に使いこなせ、温かみのある「優しいテクノロジー」が社会に普及することを期待しています。例えば生成AIは、高度なプログラミング言語の代わりに話し言葉で指示を出すことができ、多くの人が比較的容易に活用できるようになっています。身近で使いこなしやすいテクノロジーを活用することで、それぞれの地域が工夫をしながらテクノロジーを取り入れて、生活をよくしていく未来が見えてくると思います。
ちょっとした工夫で、生活を少しでもよくする取り組みがいろんなところで生まれてくると、すごく楽しい気がする。「TOKIWALK」はその例といえるかもしれないです。
江口 テクノロジーに対する得意・不得意がある人同士で、お互いにその得意と不得意を埋めていくコミュニケーションのきっかけになるといいですね。
「TOKIWALK」が常盤平団地に浸透した最大の要因を一つ挙げるとすると?
杉田 それは、現場での活動をリードされる江口先生の親しみやすい人間性です!団地の住民と同じ目線に立たれているからこそ、リピーターも多い。
江口 ありがとうございます。恐縮です……。
一般的な事業は期間の区切りで活動が終わってしまうこともありますが、まちづくりは住民の生活がある限り、終わらないものだと思います。
地域で何か活動を進めるときは、なるべく地域に根差すものになるように、「楽しく、わかりやすく、伴走していくこと」を心がけています。テクノロジーの活用も同じことです。
おわりに:人の思いとテクノロジーが織りなす「これからのDX」
今回の取材から見えたのは、テクノロジーはあくまで手段であり、社会をよくする入り口ということです。「人のために何かしたい」「人の悩みを解決したい」といった、人間が根源的に抱く思いを、テクノロジーによってそれぞれが形にすることで、生活の充実を実感できるDXが社会に浸透していくと感じました。テクノロジーはどうしても得意・不得意や慣れ・不慣れといった個人差が生じやすい手段ですが、常盤平団地ではそうした差を埋めるアナログな取り組みが、団地の住民同士や近隣の学校との関わりを通じて生まれていたことが特徴的でした。
人の思いとテクノロジーが組み合わさることで、テクノロジーは人の温かみを帯び、互いのよさを生かし合う「触媒」や「パートナー」となり得ます。
Quality of Societyセンターでは、これからも人間目線のテクノロジー活用による未来の社会のあり方を探求し続けていきます。
Text by Ryo Saito
Photographs by Hasaharu Hatta