生成AIの普及により、誰もが表現者になれる時代が到来しようとしています。生成AIは、地域から新たなコンテンツが生まれる動きを後押しできるのか―その可能性や条件、留意点について、コンテンツ政策や地域の文化に詳しい二人の専門家に伺いました。
コンテンツ政策は「地域への実装」という新たな段階へ
近年、政府の成長戦略や地方創生政策で、コンテンツが改めて注目されています。この動きをどのように見ていますか。
増淵 コンテンツ※1への注目は今に始まったことではありません。2010年以降に展開された「クール・ジャパン※2」政策からの流れがあります。政策目的や重心は省庁によって異なっており、経済産業省は海外展開や産業基盤の強化に重心があり、内閣府は地方創生と結びつけた拠点づくりを進めています。
清水 以前の「クール・ジャパン」政策よりも、地域で実際にコンテンツを活用していこうという姿勢は強くなったと思います。ただ、成果を見込みやすいという理由から、作者の生誕地や作品の舞台になっている地域などに支援が集まりやすい傾向は残っています。作者・作品との地縁や接点をもたない地域へ、どのように可能性を広げられるかが今後の課題です。
増淵 既存のコンテンツを呼び込むだけでは、産業や文化の裾野は広がりません。地域がコンテンツの受け皿にとどまらず、自らコンテンツを生み出す主体になれるかが、今後考えなければならないポイントです。また、もう一つ慎重に考える必要があるのは、国がコンテンツ制作にどこまで関わるか、ということです。日本のコンテンツ産業は、民間の制作現場やファン文化の中で育ってきました。国が支援する意義はありますが、外国のように作品の中身まで主導する方法が日本に合うのか、丁寧に見ていかなければなりません。
- ※1本記事で用いる「コンテンツ」とは、アニメ、マンガ、ゲーム、小説、音楽など、知的財産権が生じる創作物全般を指す。
- ※22010年6月に閣議決定された「新成長戦略」において、21ある国家戦略プロジェクトの一つに「クール・ジャパンの海外展開」が盛り込まれ、コンテンツの国際共同制作や海外展開などへの支援が政府主導で進められてきた。
法政大学文学部教授・増淵 敏之氏
コンテンツは地域の文化を可視化し、物語として届けるメディア
アニメやマンガ、ゲームなどのコンテンツは地域にどのような価値をもたらすのでしょうか?
増淵 中央と地方の情報発信力の差を埋めることが挙げられます。かつて、ローカル放送局が制作した番組が全国的な支持を得たことで、「ローカルからでも広く愛される作品を生み出せる」ことを示しました。地元を描いた作品や、地域に根差して活動する人びとの表現が注目されることは、地域の誇りやアイデンティティの醸成にもつながります。「自分たちの地域にも面白いものがある」と思えることは大きな価値といえます。コンテンツは、地域に根づく文化や記憶を再発見し、物語として広めていくメディアとして捉えることができる。
清水 コンテンツの多くは、地域の文化※3から生まれます。景観、食、祭り、スポーツ、方言、生活文化などから着想を得て、物語や作品になっていきます。さらに、ファンからすると作品を通じて知った場所は、訪れる前から既に意味のある場所といえます。住んでいる人には普通に見えるものでも、外の人には特別に見える。だからこそ何度も通ったり、文化の保全や継承に関わったり、場合によっては移住につながったりします。
増淵 コンテンツの価値は、観光客数や消費額だけでは測れません。外からのまなざしを知ることで、住民自身が日常の価値を再発見することもあります。清水教授が話された「外の人には特別に見える文化」には、例えば、北海道のコンビニでおにぎりを温める習慣や、静岡のサッカー文化※4、地域に残る小さな祭りといったものがありますが、これらは日常では「当たり前のもの」として捉えられがちだからです。
地域からコンテンツが生まれ、愛されるための条件は何がありますか?
増淵 何の脈絡もない地域にコンテンツだけ乗せてもなかなかうまくいきません。地域の中にコンテンツとの関わりや文脈があり、その上に作品や活動を乗せるのが正攻法です。また、行政だけ、企業だけ、あるいは一人の旗振り役だけが注力しても続きにくいことに留意する必要があります。コンテンツが地域に根づき、活性化につながるためには、コンテンツをいかに活用して地域を盛り上げていくかの合意形成が地域の中でされることが重要になります。
清水 助成や補助を受けた期間だけ動くプロジェクトは持続しません。地域の人たちが自分たちの文化を継承しながら、「面白いものをつくりたい」と内側から動くことが大切です。また、今では大きな人気を博するコンテンツの中には、もともとは少人数のファンや、多様で小さなコミュニティの愛情に支えられてきたものもあります。そうしたコンテンツを支える人びとの自発性や多様性を大事にすることが必要です。
- ※3本記事で用いる「地域の文化」とは、景観、食、祭り、スポーツ、方言、生活習慣、住民の記憶など、地域の日常に蓄積された営み全般を指す。
- ※4サッカースポーツ少年団発祥の地である藤枝市や、日本初の小学生リーグが発足した清水市(当時)を中心に、静岡県はサッカーが市民スポーツとして根づいていることで知られる。
文教大学国際学部教授・清水 麻帆氏
生成AIは、物語を形にして届ける力を広げる
これまでは発信したい物事を見つけても、それを文章、画像、映像、音声などの形にするには専門的な技術や多くの費用が必要でした。生成AIは、この制作環境を大きく変えようとしています。
増淵 制作のハードルは、間違いなく下がっています。かつて音楽制作には、長期間スタジオを借りるだけで多額の費用がかかりました。それが今では自宅のパソコンでも制作できるようになりました。生成AIは、その変化をさらに進展させる可能性があります。文章や画像、映像などのコンテンツを作成するコストが下がれば、産業構造が変わるほどのインパクトになるかもしれません。
清水 地域には、まだアクセスされていない文化や歴史、記憶がたくさんあります。高齢者の語り、古い文献、地域に残る写真や言葉なども、生成AIを活用することで専門家でない人や学生でも、整理したり、読み解いたりしやすくなります。専門家だけが扱えていた資料から新しい物語が発見されることもあるでしょう。
コンテンツを地域の外に発信するハードルも下がっていきそうです。
清水 ちょっとした観光ガイドやポスター、多言語の紹介文などは、生成AIによって以前より格段につくりやすくなりました。これからは、人気コンテンツをもたない地域でも、その地域にしかない魅力を材料に、地域の人が自らの手でコンテンツとして表現できる可能性があります。アニメーターや映像制作者のような高いスキルをもった人材がいなければ何もできない、という状況ではなくなっていくかもしれません。
増淵 ヒト・モノ・カネが東京などの都市部に集中しているために、ローカル発のコンテンツには大きなハンディキャップがありました。ローカルから世界へ届く作品が生まれることはあっても例外的な成功と見られがちでした。オンライン環境と生成AIによって、都市部を経由せず、直接外の世界に発信できるようになれば、コンテンツ産業全体に大きな変化をもたらします。
清水 重要なのは、生成AI活用の出口が、都市部と同じものをつくれるだけではないことです。むしろ、地域にしかない文化を、地域の人が自ら編集し、形にし、届けられる点に意味があります。生成AIが地域の中で活用されることによって、学校教育や地域学習の場で若い世代が地域に根づく文化や記憶を調べて画像や動画にして発信する、小規模事業者が商品の背景にある文化を多言語で伝える、住民の記憶をデジタルアーカイブに残すといった、等身大の創作や事業が立ち上がっていく様子が想像できます。
メディアリテラシー教育と支援体制の拡充によって生成AIを地域で生かす
一方で、生成AIが出力するものには著作権侵害や、誤りや偏りのある情報が含まれる可能性といった表現上のリスクもあります。生成AIを地域で活用していくために必要な条件や留意点は何でしょうか?
増淵 生成AIを活用する際には、出力されたものをそのまま使うのではなく、事実関係や表現の妥当性、著作権など知的財産権上の問題がないかを確認することが重要です。生成AIは制作コストを大きく下げますが、プロフェッショナルではない人が制作する場合、著作権やコンプライアンス上のリスクも高くなります。自由に試せることと、何をしてもよいことは同じではありません。
清水 地域の中に、メディアリテラシーや知的財産、著作権を教えられる人材としくみが必要です。現状では、そうした知識をもつ人が東京などの大都市に偏りがちです。自治体、教育機関、NPO、企業などが連携して、地域でこれらを学べるプログラムや相談できる体制をつくっていくことが必要になります。
関係者同士が対話し、確かめ、適切に編集するプロセスが極めて重要といえそうですね。
増淵 そう思います。生成AIを活用すること自体を目的にしてはいけません。文化を扱う以上、事実関係や著作権・知的財産の確認、当事者への配慮などは欠かせない要素になります。
最後に、生成AI時代の地域の文化創造において、地域の人びとにとってもっとも大切といえる視点をお聞かせください。
清水 地域の人が、自分たちの地域に何があるのかを見つけようとすることだと思います。外から与えられた企画に乗るだけではなく、地域の文化を継承しながら、どう表現し、誰に届けるかを考える。その内発的な動機が、持続的に愛されるコンテンツにつながります。
増淵 コンテンツの土台となる地域の文化は一朝一夕には生まれません。スポーツでも、食文化でも、言葉でも、長い時間の蓄積があって今の形があります。生成AIによってコンテンツ制作のハードルは下がりますが、その土台になる文化は簡単につくられるものではありません。地域がもっている文化や歴史の深さを、どう表現して次の世代につないでいけるかが大切です。
おわりに:生成AI時代に問われるのは、誰と共に創造し、どのように語り継いでいくか
インタビューを通じて、生成AI時代に問われるのは、AIで「何をつくれるか」だけではなく、地域に蓄積された文化や記憶を誰が見つけ、誰と共に表現し、どのように次世代へつないでいくのかであることが見えてきました。生成AIという便利なテクノロジーを活用しながら、地域が自らの魅力を見つめ直し、語り、世界に届ける主体になっていく一連の営みの中で、人が生成AIを用いることで地域の一人一人がもつ創造性や活力を引き出し、地域から新たなコンテンツやビジネスを生み出すことができると感じました。
Quality of Societyセンターでは、これからも人間目線のテクノロジー活用による未来の社会のあり方を探求し続けてまいります。
Text by Ryo Saito
Photographs by Masaharu Hatta and Ryo Saito