人・社会・テクノロジーの未来を変える、はじまりの場

「意思決定×行動主体感研究会」発足

AIは、人間の意思決定、そして行動に対する主体感に大きく影響を与えつつあります。AIの実社会への浸透が進むいま、人間とAIはどのような関係性を築くべきなのでしょうか。そこで、電通総研は、「意思決定×行動主体感研究会」を立ち上げました。

研究会発足の背景

私たちは、日常的な判断から、会議の論点整理や商品の価格設定といった企業活動に至るまで、さまざまな場面でAIに判断を委ねつつあります。さらに、AIエージェントの登場によって、意思決定の一部が自動化・代替される場面も増えています。こうした変化は、AIが単なる支援ツールではなく、人間の意思決定プロセスそのものに影響を及ぼす段階に入ったことを表しています。一方で、採用選考で特定属性の個人が不利に扱われるなど、判断のゆがみが生じた事例も報告されています。その背景にある、判断過程のブラックボックス化や学習データに内在するバイアスといった構造的な課題は、AIに委ねた意思決定による人間社会への影響を慎重に見極める必要性を示しています。

さらに、意思決定をAIに委ねること自体が、人間の行動主体感にも影響を与える可能性があります。行動主体感とは、自らの行動をどの程度コントロールできているか、そしてその結果に責任をもてているかを感じられる感覚です。先行研究※1では、行動主体感が高いほど主体的な行動が促され、自己肯定感の向上にもつながる可能性が示唆されています。例えば、AIが生成したメール文をそのまま利用することで、「自分の仕事をした」という実感を得られなかった経験はないでしょうか。対照的に、時間をかけて自ら書いた文章は、達成感や成功体験として記憶に残りやすいでしょう。

AIが便利なツールとして普及する一方で、それが人間の意思決定や行動主体感にどのような変容をもたらすのかについては、十分に解明されていません。人間はどこまで判断をAIに委ねるべきなのか。この問いを探究することは、個人の責任や自律性、さらには社会の意思決定のあり方を再考することにもつながります。こうした課題を多角的に捉え、人間とAIの適切な関係性を探るために、「意思決定×行動主体感研究会」を立ち上げました。

  • ※1Legaspi, R. et al. (2022). Multidimensional Analysis of Sense of Agency During Goal Pursuit. Proceedings of the 30th ACM Conference on User Modeling, Adaptation and Personalization, pp.34-47.

    研究会の概要

    ■目的
    AIが人間の意思決定および行動主体感に与える影響の把握と、判断をAIに委ねる程度についての探究

    ■活動
    先行研究のレビューや社会調査を通じて、人間とAIの適切な意思決定のバランスやあり方について、神経科学・心理学・インテリジェンスなどの観点から多角的に検討・分析します。得られた知見や研究成果は、今後のAI社会に向けた実践的な提言として発信します。

    ■期間と発信時期
    研究会は2026年7~12月に実施し、2026年12月頃に提言書としてレポートを公開する予定です。

    研究会委員

    鈴木 真介(一橋大学ソーシャル・データサイエンス研究科 教授)
    徐 文臻(一橋大学大学院経営管理研究科 准教授/同大学院データ・デザイン研究センター 研究員)
    岡田 芳樹(株式会社電通総研 Quality of Societyセンター 研究員/プロデューサー)
    鷲見 圭祐(株式会社電通総研 Quality of Societyセンター 研究員/プロデューサー)

    研究会委員コメント

    ■鈴木 真介
    世の中で生じる多様な社会現象は、一人一人の意思決定と、それらが相互に影響し合う過程から生み出されています。私はこれまで、人間がどのように選択し、その背後で脳がどのような情報処理、すなわち計算をおこなっているのかを研究してきました。近年、AIは単なる道具にとどまらず、情報を提示し、助言を与え、ときには人間の判断や行動に直接働きかける存在になりつつあります。人間同士の意思決定と相互作用の中にAIが加わることで、私たちの行動や社会のあり方はどのように変化していくのでしょうか。本研究会では、人間の意思決定を巡る心理学、神経科学、計算論、AI研究、社会科学などの知見を横断しながら、この問いを多角的に考えていきたいと思います。

    ■徐 文臻
    行動主体感(Sense of Agency)とは、自らの行動とその結果をコントロールしているという感覚であり、結果に対する責任感の源泉です。AIが人間の意思決定に深く関与し、自律的に振る舞う現在、AIが人間の主体感にどのような影響を与えるかの理解は不可欠です。しかし、人間の動的な主体感の変化を推論し、適応的に応答するAIの設計は未開拓の領域です。私はこれまで人間とAIのインタラクションを中心に研究を進めてきました。本研究会では、意思決定の委譲による主体感の喪失を防ぎ、人間の心理的幸福を担保する「人間とAIの適応的な協調のあり方」を探究していきたいと思います。

    Photograph by Happysurd on Unsplash

    プロフィール

    鈴木 真介

    すずき・しんすけ

    一橋大学ソーシャル・データサイエンス研究科 教授

    2008年に筑波大学大学院システム情報工学研究科博士後期課程を修了し、博士(社会経済)を取得。理化学研究所研究員、カリフォルニア工科大学(アメリカ合衆国)博士研究員、東北大学助教、メルボルン大学(オーストラリア)准教授を経て、2023年より一橋大学教授(現職)。専門は神経科学、神経経済学、計算論的精神医学。人間の意思決定のしくみを、脳における計算過程に着目して研究している。2017年には、平成29年度科学技術分野の文部科学大臣表彰若手科学者賞を受賞。

    徐 文臻

    じょ・ぶんしん

    一橋大学大学院経営管理研究科 准教授/同大学院データ・デザイン研究センター 研究員

    2021年に名古屋大学大学院教育発達科学研究科心理発達科学専攻で博士(心理学)を取得。在学中にカリフォルニア大学サンタ・バーバラ校コミュニケーション研究科に研究留学し、計算社会科学の手法を習得。2019年、株式会社KDDI総合研究所、KDDI株式会社に入社し、AI部門、Human Centered AI研究所で研究主査を務めた。2023年に一橋大学大学院経営管理研究科に講師として着任し、2025年4月より現職。データサイエンスと社会科学を融合し、人間の意思決定や行動変容を促す説得的コミュニケーション、行動変容AIの研究を進めるとともに、近年はAIの社会的受容と普及を心理学の観点から探究している。

    岡田 芳樹

    おかだ・よしき

    研究員/プロデューサー

    1986年東京都生まれ。慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科修了。政策シンクタンク、公立小学校教員、金融系シンクタンクを経て現職。主な研究テーマは「教育社会学」「感情社会学」「戦略(インテリジェンス/コミュニケーション)」。

    鷲見 圭祐

    すみ・けいすけ

    研究員/プロデューサー

    2021年に電通国際情報サービス(現 電通総研)に入社。主にクラウドベースのコミュニケーション基盤を活用したCRMやコールセンターシステムの構築に従事。2025年より現職。「科学技術が社会構造に与える影響」「科学的根拠に基づいた意思決定(EBPM)」に関心をもつ。理学修士。