1987年に発足した電通総研は、1992年に『日本の潮流――クオリティ・オブ・ソサエティ』を発表しました。2019年、電通総研は「クオリティ・オブ・ソサエティ」をフィロソフィとして掲げ、再び歩み始めました。2020年以降の歩みを振り返り、今後を展望します。
「クオリティ・オブ・ソサエティ」に込めた思い
1992年12月、電通総研は天谷直弘※1初代所長のもと、『日本の潮流――クオリティ・オブ・ソサエティ』を発表しました。当時の日本は、既存の経済・社会システムの危うさに気づき始めながらも、新しい社会像を見出せない状況にありました。「クオリティ・オブ・ソサエティ」は、日本の深層に潜む亀裂を捉え、人びとの価値観や社会の質的変換を呼びかけたレポートでした。
その後日本ではおよそ30年余にわたり、「変革(トランスフォーメーション)」「革新(イノベーション)」が唱え続けられてきました。そしていま、世界システムの変容と本格的なデジタル社会浸透の大潮流に翻弄され、社会も企業も人びとの生活も、かつてない音量で「変化」の必要性が叫ばれています。
では、日本はどう変わっていくべきなのでしょうか。
2019年、電通総研は再び「クオリティ・オブ・ソサエティ」をフィロソフィに掲げ、「人」の意識と「社会」がどのように変容しつつあるかを明らかにし、望ましい将来像を探り、その実現のシナリオを描くために、三つの活動(調査、情報発信、多様な人材とのネットワーク構築)※2を始めました。
電通総研が着目しているのは、社会的な存在としての「人」です。
人は消費生活や労働生活などの生活者としてだけでなく、さまざまな役割を担いながら生きています。政治の主権者としての人、社会の安定を支える人、文化を伝承する人、新しい価値を生み出す人、養育や教育により次世代を育成する人、社会や他者のためにお金ではなく時間や労力を割く人などなど、多面性を有する存在です。
このように多面的な役割を演じるべき「人」は、どのような意識をもって行動しているのでしょうか。社会を構成する人の意識や価値観がどのようなものであり、どのように変化しているのかを把握してみよう。人を中心にした視点から、「クオリティ・オブ・ソサエティ」を考えてみようというのが、私たちの基本スタンスです。
半面、人の生きがいや満足は、いま人生を営んでいる現社会のクオリティと相対的なものでもあります。社会に無関心・悲観的になることなく、社会との関係を能動的に構築し、社会の変化に関わることで、新たな生きがいや満足を見出すことができるのではないでしょうか。
私たちは、人びとの意識と行動の変容を捉えると同時に、社会システムの質も検証※3し、明るい未来を拓く萌芽を着々と育んでいる人びとと広く連携することで、一人一人の生きがいや満足度を高め、誰もが自分らしく生きることができるような「クオリティ・オブ・ソサエティ」の姿を描いてみたいと思っています。
※1 日本の官僚で経済評論家。著書『日本町人国家論』(1989年)では、日本を名誉や美意識がなく、金もうけに徹した町人国家に例え、国際社会で信頼を得るに足るノーブルな体質に変わらねばならないと唱えた。グローバルな視座かつ歴史的文脈をもって日本の政策を考え、国民にも端的に説明した論客として知られ、『世界の潮流・日本の選択』(1991年)など、著書多数。
※2 三つの活動については、電通総研の元所長・元編集長である谷尚樹氏の記事(https://societe.dentsusoken.com/articles/1269/)をご参照ください。
※3 ピーター・ヘルマンなど有識者による「社会的質」に関する先行研究を参照しながら、「社会の質」を構成する四つの要素を電通総研でオリジナルに定義しました。
人びとによる、社会の健康診断
電通総研では、日本に住む12,000人の協力を得て、日本社会の質を評価してもらう「クオリティ・オブ・ソサエティ指標」調査を毎年実施しています。人が健康診断を受けることで自らの生活を見直すきっかけとなるように、本調査は、日本社会の健康診断の役割を果たすと考えています。また、人も社会も時々刻々と変化するものですが、渦中にいるとなかなかわからないものです。調査を継続することで、変化していること、変化しないことが可視化され、社会の課題がより明らかになるでしょう。
最新の調査は新型コロナウイルス感染症の5類感染症移行直後の2023年6~7月におこなったためか、「日本には不安がない」「日本社会は、一人一人の力で変えることができる」と考える人が増える傾向が確認されるなどの明るい兆しが見られました。一方で、コロナ禍で高まったデジタル化への期待に揺り戻しが見られること、「日本人であることへの誇り」を感じる人が年々減少していること、年代によって目指すべき社会像に関する考え方が異なることなど、課題も浮き彫りとなりました。
クオリティ・オブ・ソサエティ指標2023①人びとの「余力」「希望」「安心」の現在と未来
クオリティ・オブ・ソサエティ指標2023②社会に関する人びとの意識・価値観の現在地
長期視点・グローバルな視座で、日本を見つめ
「世界価値観調査」は、社会・政治・家族・働き方・環境など、多岐にわたる領域に関する人びとの価値観変化を約5年おきに捉え、国際比較するもので、世界の研究者ネットワークの協力により、1981年から40年以上継続しています。電通総研も1990年の第2回調査から参画し続けています。
日本の時系列変化や、他国と比較して浮かび上がった日本の特徴からは、日本のクオリティ・オブ・ソサエティを考えるにあたって、私たちに時間軸と空間軸という新たな視座を与えてくれます。
人びとの価値観変容と“クオリティ・オブ・ソサエティ”の行くえ
第7回「世界価値観調査」レポート~最大77か国比較から浮かび上がった日本の特徴
書籍 『日本人の考え方 世界の人の考え方Ⅱ』
「世界価値観調査」によって短期間では変化しづらい価値観を長期で捕捉することと並行して、さまざまなテーマに対する人びとの意識の国際比較調査も、独自に実施してきました。
2022年には、「チェンジメイカー調査(3か国5都市)」を電通と共同で実施し、パリ・北京・上海の人びとに比べて東京・大阪の人びとは、社会や未来に対する問題意識は高いものの、社会や未来のために活動する「チェンジメイカー」が少なく、実際に行動に移すための処方箋が求められることが明らかとなりました。
これからの社会変革の担い手は?
同様の傾向は、「サステナブル・ライフスタイル意識調査」でも見られました。ただし、社会・環境・経済に配慮し、持続可能な世界に資するサステナブル・ライフスタイルの実現に向けては、国際比較をすると日本にはまだ課題が多い半面、エコバッグの使用、廃棄を減らす努力など、身近な行動が生活の中で定着していることも明らかとなりました。サステナビリティのイメージについて尋ねた設問では、「人類が地球で暮らし続けられるよう、仕組みを変えること」という回答が3位となり、一般市民と企業、そして地域社会が連携して社会システムそのものを変えていくことの重要性が確認されました。
サステナブル・ライフスタイル・レポート2023
また、内外双方の視点をもった有識者からは、日本社会のよさ、変わるべきところ、そして変化に向けて参考にすべき視点をいただいています。
フランスに見る、世界を変えた「市民」の力。未来に向けて行動する若者たち
「ジャポニチュード」~孤高の島・日本が持ち続ける特性
具体事例から、進む道を探る
私たちの社会や未来を少しでもよくするために、既に動き始めている人たちもいます。具体的な事例は、私たちの羅針盤となり、変化に必要な勇気を与えてくれます。
社会のリ・デザイン
メカニズムデザインの世紀へ。最先端の経済理論で社会をリ・デザインする
企業経営のリ・デザイン
世界的企業への飛躍を支えた超長期ビジョン。1970年に予言された2033年までの社会
働き方・生き方のリ・デザイン
英国「アプレンティスシップ制度」に見る、オルタナティブな職業の入り口
シンガポールの「スキルズフューチャー」に見る、ミドル世代のリスキル
学びは、私たちを後押しする風
パイオニアの原点|世界シェア約6割を占めるOSを生んだIoTのパイオニア
地域の未来
文化事業から地域の活性化に向き合う
50年先を見据えたまちづくりと賑わいのコンセプトメイキング
災害に対する人びとの意識と災害伝承の取り組み事例
次世代
子どもが希望を持てる社会をつくるには?
カイシャとシャカイをつなげよう。「まち保育」で育つ人と地域
「育児のこれから」のヒントの宝庫。ノルウェーの仕事と家族のありかた
デジタル社会とメディアの未来
ファクトチェックから読み解く、ニュースメディアの未来
「クオリティ・オブ・ソサエティ」年次レポート
このような調査や事例、識者の見解から得られたファクトをもとに、電通総研では2020年以降、「クオリティ・オブ・ソサエティ」と題したレポートを年次で発信しています。
「よりよい社会」に近づくためには、いまの社会を構成する私たち一人一人が、問題を自分ごと化することが大切であるという思いから、2022年は「自分ごと化の力」というキーワードを提示しました。
クオリティ・オブ・ソサエティ2023 自分ごと化の力―「変革」に向けて―
2023年は、生成AI(Artificial Intelligence)の飛躍的進化が大きな話題となりました。私たちは「社会的存在」としての人のあり方や地球環境における「生物としての存在意義」だけでなく、人工知能との文脈でも「人間の存在意義」を強く問われるようになったのです。そうした社会状況を背景に私たちは、「新しい問いを立てること」は人間にしかできないはず、社会問題を自分ごと化して向き合い、対話し、思いを共有し、小さなことからでも行動に移していくことが、2024年に向けたキーワードであると考えたのです。多様な解という風が、問いという帆をはらませ、クオリティ・オブ・ソサエティに向けて前進する駆動力になることを願い、レポートでは四つの領域に着目して事例を紹介しています。
クオリティ・オブ・ソサエティ2024 問いという帆
クオリティ・オブ・ソサエティの姿を探り続ける
日本社会には、取り組むべき課題は山のようにあります。課題の輪郭すらわからないものや、課題同士が複雑に絡み合っているものも少なくありません。電通総研ですべてを一気に手がけられるわけはありません。ここで電通総研が現在注力している研究テーマをご紹介します。
「日本型シチズンシップ」
複雑に絡み合う社会問題に取り組むためには、私たち一人一人が「社会でどのような役割を担うのか」に関する意識を醸成することが必要です。欧米では幼少期からのシチズンシップ教育が充実している国がある一方で、日本のシチズンシップ教育にはまだ課題があります。具体的な課題や理論を掘り下げ、日本社会にマッチしたシチズンシップのあり方を探っています。
「多文化共生」
外国人が多く住み暮らすことを積極的に捉え、国籍や民族等の異なる人びとが互いの文化的違いを認め、理解し合い、共に生きていく多文化共生は、今後ますます必要な感覚となっていくでしょう。その時大切なのは、自国の文化および他国の文化に対する敬意をもつことだと私たちは考えます。一人一人が文化の多様性を認識し、尊重し合うことのできる、インクルーシブな社会を実現するためのヒントを探ります。
次世代を見据え、日本とアメリカの架け橋となる
多様な人が混ざり合うということ――別府が描く多様性の未来を探る
「ジェンダー」
世界経済フォーラムのジェンダー・ギャップ指数では、日本は146か国中125位。世界の多くの国でジェンダー平等に向けて変革が進む中、相対的に日本の取り組みが遅れていることが数値となって表れています。電通総研でも、2021年からジェンダーに関する意識調査を開始しました。調査結果は、男女平等やダイバーシティへの意識が徐々に変化し、「男らしさ・女らしさ」規範への抵抗を示す人も少しずつですが増加しているなど、変化の兆しを示しています。こうした人びとの意識の変化が、社会システムの変革に反映されるためのシナリオを探ります。
ジェンダーに関する意識調査(2023年)
ジェンダーに関する身近な問題に気づくには
「ケア」
「ケア」にはさまざまな定義がありますが、電通総研では「誰かのニーズを気にかけ、配慮し、世話する」ことに着目します。日常的に身近なこの概念を改めて問い、社会でどのように機能しているのかしていないのかを可視化し、ケアの概念を広げていくためのシナリオを描く試みは、豊かな社会関係資本の構築に資するものと考えています。
「地域」
社会の活力の源泉は人であり、人が実際に生活している地域です。これからは地域の重要性が高まる時代です。そしてその中核となるのは、それぞれの地域で育まれてきた生活文化に根差した価値です。地域の価値を再発見し、磨き上げ、グローバルに発信することが非常に重要になると同時に、次世代のことを考えて長期的に取り組む必要があります。特に、「食文化」は地域による違いがあり、有力な地域資源の一つです。電通総研は「地域における食文化」を中心とした事例研究を重ね、地域の価値を磨くためのカギを発信していきます。
地域の未来のために。価値を磨き上げるということ。
文化視点から考える、地域の価値と多様性
「パイオニアの原点」
先にご紹介した「チェンジメイカー調査(3か国5都市)」では、社会や未来のために活動する「チェンジメイカー」の存在が東京・大阪では19%と、国際的な都市比較の結果、著しく少ないことが明らかとなりました。その要因の一つとして私たちは、「チェンジメイカーは遠い存在」と72.5%もの人が考えていることが背景にあるのではないかという仮説を立てました。既に社会や未来のために行動している人たちに焦点を当て、活動のきっかけや活動し続けている思いを紹介することで、日本でもチェンジメイカーが身近な存在となり、誰もがチェンジメイカーになることを後押ししたいと思います。
パイオニアの原点|世界シェア約6割を占めるOSを生んだIoTのパイオニア
最後に、
2024年1月1日から、私たちの組織名称は株式会社電通総研 ヒューマノロジー創発本部 Quality of Societyセンターに変わります。
活動はこれまで通り、「人」の意識と「社会」の変容に関するファクトをベースに、多くの知と連携して、情報発信をしてまいります。
私たちは問いという帆を大きく掲げ、多様な解という風をはらませながら、前に進み続けます。
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Text by Seiko Yamazaki