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クオリティ・オブ・ソサエティ2026

ワクワク創造企業、競技用車いすをつくる

CASE STUDY 2

パラスポーツで活躍する選手のニュースを見聞きする機会が増えています。その一つである車いすテニス選手の活躍に、競技用車いすの開発・メンテナンスで貢献する企業があります。ご紹介する橋本エンジニアリング株式会社は、その名が表すエンジニアリング的思考と、手元にある技術や人などを生かすブリコラージュ的思考が融合した、ものづくりに情熱的に取り組む姿勢をもっています。

主力の金属加工業への向き合い

1968年創業の同社は車やバイクの金属部品の切削※1 ・溶接※2 ・鋳造※3 ・治具製作※4 ・計測※5 の請負を主な事業としています。代表取締役社長の橋本裕司氏は、倒産の危機に直面した父親の会社を立て直すべく後継者として入社。昼は現場で働き、夜は学校で基礎を身につけながら、自ら技術を磨き事業再建を模索しました。

同社は請負事業が中心で、顧客から提示された製品図面を基に業務を進めています。しかし時に図面等の指示書に明示されていない加工条件があり、ここで思い込みや確認不足があると納品時の検査で差し戻しされることもあります。こうした事態を防ぐため、不明点や変化点をその都度確認し、社内で共有する取り組みを重ねることで、社員と会社に確かなノウハウが積み上がっていきました。また、開発における失敗は重要なデータであり、企業の資産と捉えています。社員全員がその情報や考えを共有することで不良品が減り、失敗を隠そうという姿勢がなくなりました。誰かを責めるのではなく、なぜ失敗したのか、なぜうまくいったのかを日々分析して高品質の再現性を追求しています。

  • ※1 旋盤やNC(数値制御)工作機械などで金属を削る加工
  • ※2 金属部品を接合部のみ溶かして融合する加工
  • ※3 鋳型に溶かした金属を流し込み、冷やし固めて目的の形状にする加工
  • ※4 例えば高精度な曲げ加工を可能にするための補助具の製作
  • ※5 高精度な三次元測定機を用いた寸法の計測や、金属内の空洞の非破壊検査など

軽量車いすづくりへの進出を決意

同社が車いすをつくり始めたきっかけは、リーマンショックでした。世界的な景気後退から顧客側で減産を余儀なくされ、その結果、同社の売り上げも落ち込みました。その時に「100%下請けからの脱出、自社ブランドを立ち上げてメーカーになる」という目標を立てたのです。自社工場の中で生産できるものをと考え、さまざまな候補事業を検討し、車いす用後退防止ブレーキを開発したことが転機となりました。その車いす用ブレーキを携えて福祉機器の展示会に出展した際、各車いすメーカーの動向を見て、橋本さんは次のように感じたと振り返ります。

「車いすには軽量化の波が来ていると感じました。各メーカーは軽量化を追求しカーボン製の車いすを開発していました。しかしカーボン製は価格が100万円前後と非常に高額で、これでは買える人が限られるのではないか、と考えました。当時、軽量化の主流はカーボンとアルミニウムでしたが、当社はマグネシウム合金をよく扱っていました。見た目はアルミニウムと変わらないのに驚くほど軽いことを知っていたのです。そこで『マグネシウム合金で車いすをつくるぞ!』と決意しました」

難航する開発に、浜松地域の技術力が集結

開発を始めた当時、同社にはマグネシウム合金の切削技術はありましたが、曲げや溶接は初めての試みでした。実は、非常に硬くて簡単には曲げられず、無理に曲げると割れてしまう加工しづらい材料だと、橋本さんは後から知ります。またマグネシウム合金は酸化膜と母材の融点温度の差が激しく、溶接が極めて難しいことが判明し、開発は難航していました。

苦労が続く中、思いがけないことが起きます。浜松市は輸送用機器産業に関わる企業が多いため、将来、電気自動車が主流になっても輸送用機器に強い地域であろうと、マグネシウム合金を含む複数の新素材事業化研究会を発足させたのです。マグネシウム合金の加工に悪戦苦闘していた同社は、すがるような思いでマグネシウム事業化研究会に参加しました。

橋本さんが「世界最軽量の車いすをつくりたくてマグネシウム合金の勉強に来ました」と話すと、研究会の先生から「その車いすを研究会の成果物にしたい」という思いがけない提案を受けます。自社ブランドを立ち上げてメーカーになるという目標が達成できなくなることを懸念して悩んだ末、車いすの製作技術は研究会の成果とすること、ただし開発資金を同社が提供するので完成品は同社製品にすることで折り合いがつきました。

開発に向けた研究会では、軽量車いすの開発に参加した11社がそれぞれ門外不出の技術をもち寄り、曲げ・溶接・表面処理などのノウハウを惜しみなく共有しました。浜松在住のプロダクトデザイナーも研究会に参加し、ついに洗練されたデザインの軽量車いすが完成しました。橋本さんは「オール浜松でつくり上げた車いす」だと、自信をもって紹介しています。

完成したMC-X ※橋本エンジニアリング様提供

「社内にある技術」から「浜松にある技術」へと開かれたことで、浜松という地域に元々あったものを創造的に組み合わせることでブレークスルーが起き、画期的な製品をつくることができたのです。

車いすテニスの競技車へ

さらに、次の転機が訪れます。完成した軽量車いすを展示会に出展していたところに、車いすテニスプレーヤーの親族の方が偶然ブースを訪れました。ご紹介をお願いすると、後日コーチから「競技車をつくってくれないか」と相談があり、これを機に競技車を開発することになりました。

選手の要望を取り入れて試作品を製作しましたが、選手からのフィードバックは「フィーリングが違う」「ちょっときつい」といった感覚的であいまいなもの。フィッティングでは指1本、紙1枚といったその場にある細かなものを使って調整を繰り返し、その後にミリ単位、仕上げはマイクロメートル単位で図面に落とし込みます。そうしたトライアル&エラーを何度も繰り返して選手が納得できる競技車を完成させていきました。

競技車は繊細なバランスで成立しているため、選手はフィーリングが変わることを嫌い、練習も試合も同じ1台で対応します。使い手である選手に向き合っている、製造部 企画開発課長の松村さんにもお話を伺いました。

「競技用の車いすは定期的に検査して、強度が不足しそうなところは補強をし、選手からの細かなフィードバックを受けて微調整するなど、都度手入れをしています。だんだんバージョンアップしていくようなメンテナンスです。選手からの新たな要望もありますので、新しい機構を追加して毎回進化させています」

競技車は、一度完成しても終わりではなく、選手に合わせて再構築する営みと、精密に計測して軽量を維持しながら最小限の補強を加える営みの両方の側面によって、より選手になじむものとして進化し続けているのです。

ワクワクを創造する

橋本さんが車いすをつくろうと考えた頃、高齢者の方や障がいのある方に話を聞こうとしても、なかなか応じてもらえなかったそうです。車いすは「乗りたくないもの」「乗っているところを見られたくないもの」という意識があるように橋本さんは感じました。そこで発想を転換し、「カッコよくて乗りたくなるもの」「乗っているところを見てほしくなるもの」に変えようと、デザインにもこだわりました。その結果、研究会で完成した車いすは2014 グッドデザイン「未来づくりデザイン賞」を受賞しています。

こうした“ワクワクするものづくり”への共感により、社員募集をすると女性からの応募の方が多いこともあるといいます。一般的に男性が多いとされる製造業ですが、同社工場内にはいきいきと働く女性社員の姿を多く見かけます。同社は個人それぞれの特性を生かすことで社員と会社の成長を生むこと、さらに成長の結果を社員の幸せにつなげるための気配りを欠かしません。社員と共につくる、次の“ワクワク”が期待される企業です。

Text by Keiichi Masuda
Photographs by Masaharu Hatta