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クオリティ・オブ・ソサエティ2026

作物残渣が世界を潤す

CASE STUDY 1

「インドにも、ブリコラージュに似た“ジュガール”という考え方があります」

そう語るのは、沖縄科学技術大学院大学(OIST)内に本社を置く、EF Polymer株式会社CEOのナラヤン・ラル・ガルジャール氏です。ジュガールとは、インドで広く知られる「限られたリソースの中で、独創的な創意工夫によって目の前の問題を解決すること」を意味する言葉。彼の人生と事業は、まさにこのジュガールの精神に貫かれています。

同社の主力製品は、オレンジやバナナの皮といった作物残渣をアップサイクルして生まれた、完全生分解性を有する超吸水性ポリマー「EFポリマー」です。自重の約50倍の水を吸収し、土に埋めると浸透圧によって水が行き渡ります。水不足に悩む世界中の農家にとって希望の光となるこの製品は、インド北西部の小さな村から生まれました。

父の願いから始まった挑戦

ナラヤンさんの故郷はインド・ラージャスターン州の人口300人ほどの小さな村です。農業が生活の中心であり、彼の父も農業に従事していました。ある年、トウモロコシを育てるうえで重要な時期に雨が約1か月降らないことがあり、作物が枯れてしまうという出来事がありました。失意の父から「科学が好きなら、その科学の力で私を助けてほしい」と言われたことが、EFポリマー誕生のきっかけです。

解決策を模索する中で石油由来の超吸水性ポリマーの存在を知りますが、ナラヤンさんはそれに疑問を抱きます。「畑で使うには土壌の健全性や環境への配慮が不十分。短期的には畑の保水性を高めるという課題を解決できたとしても、中長期的にみると土壌をはじめとした環境そのものに悪影響を及ぼす可能性がある」と考えました。

“Mother nature has a solution for every problem.” ——母なる大地にはあらゆる問題に対する解決策がある。そう信じ、住んでいた地域で長年悩まされてきた生ゴミ問題に着目します。廃棄物を利活用することで、「自然と人のどちらに対してもWin-Winな形で解決できるのでは」とナラヤンさんは考え、果物の皮のアップサイクルに取り掛かります。

まずはそれを地中に埋めることから始め、1,000回以上の実験の末、オレンジやバナナの皮に含まれる成分が特別な働きをすることを発見しました。大学の研究者の協力も得て、当時高校生だったナラヤンさんはついにEFポリマーのプロトタイプを完成させました。そして、これを機に2018年にインドで会社を立ち上げました。

沖縄で広がる可能性

OISTイノベーションアクセラレーター※1に採択されたことをきっかけに沖縄に本社を設立し、事業は大きな転機を迎えます。沖縄の気候や農業の課題が、EFポリマーにとって新たな発見をもたらしたのです。「沖縄は雨が多く、肥料や土壌が流れやすい。高齢化が進んでいて、何度も肥料を与えるのは農家にとって負担です。実証実験を進める中で、EFポリマーは水だけでなく肥料も土壌も保持できるという気づきを、沖縄が与えてくれました」とナラヤンさんは振り返ります。

また、沖縄の特産品であるサトウキビは水を大量に必要とする作物です。サトウキビを多く生産する東南アジアや南米など、世界的に大きなマーケットへの展開の可能性も示してくれたと言います。

加えて、OISTのネットワークも事業拡大に大きく寄与しているとナラヤンさんは語ります。「OISTにはたくさんの方が訪れ、企業や省庁のトップにもお越しいただいています。沖縄に来なければ得られなかった支援がたくさんあるのです」

同社マーケティング担当の前川さんも、「OISTのある恩納村は持続可能な村づくりを方針に掲げています。設立当初は地域との信頼関係の構築が難しかったですが、自然を大切にする思想が私たちの製品とマッチしており、村の役場とつながりのある農家を紹介してくれています」と、その恩恵について話してくれました。

  • ※1 沖縄初のグローバルなスタートアップアクセラレータープログラム。沖縄での企業設立に向けて必要な資金やメンタリング、パートナーシップが提供される。
サトウキビ畑 ※EF Polymer様提供

思いが浸透、そして波及する

本社のあるOISTのインキュベーション施設を私たちが訪れた際、数か月前に同社に転職したばかりという太田さんにもお話を伺いました。彼はもともと宮古島のJAに勤務しており、農業資材の使い方や栽培方法を指導していました。その際に使っていたEFポリマーの可能性とナラヤンさんのビジョンに共感して入社。現在は米作りへの応用を目指し、付き合いのあった地元農家と連携して実証実験を進めています。「EFポリマーは肥料でも農薬でもない、唯一無二の存在。農家からの関心も高いです」と語る太田さんの知見とネットワークが、製品のさらなる展開を支えています。

循環型エコシステムの実現のために

民間企業である以上、ナラヤンさんは環境や地域社会への貢献を目指すと同時に利益を確保した循環型ビジネスを目指しています。「EFポリマーを作るにはその重量の約10倍の作物残渣が必要です。もっとも、これらは従来捨てられてきたもの、もしくは業者や農家が廃棄処分にお金を払っていたものです。EFポリマーの利用者は、収穫量を安定させるだけでなく、水や肥料を節約する形でも利益を享受できる。そのような循環性が、利益や持続性をもたらすビジネスモデルになっているのです」。ただし、こうした真のイノベーションは一企業だけで実現できるものではありません。課題解決の加速と社会への実装のために、ビジョンを共有できる協業パートナーとのコラボレーションを常に目指しています。

さらなる浸透に向けて

EFポリマーは園芸や林業、化粧品、オムツといった他産業への応用が進められています。同社CMO※2の中尾さんによると、マイクロプラスチックの減少にもつながるため、環境負荷の低い製品として石油由来の従来品との置き換えにも着手しているとのことです。さらには、ポータブルトイレなど防災分野への展開も視野に入れています。

また、EFポリマーの使い方には理解と工夫が求められます。「水やりの回数は減りますが、完全になくせるわけではありません。土や作物ごとに散水の仕方も変わりますから、適した使い方を知るためには自然と対話する時間が必要なのです」と語る太田さん。そのため、農家の方への情報提供にも力を入れています。ナラヤンさんからは、その地域に合わせた取り組みの話も伺いました。「製品の取扱動画を作るのは簡単ですが、動画視聴になじみのない方の多い地域もあります。地域のサポートを受けながら農家の方が集まる説明会に直接出向き、活用事例や使い方、EFポリマーにかける思いも伝えています」

父の抱える悩みから始まったナラヤンさんの思いは、EFポリマーを通して水が土から作物へ浸透するように、EF Polymerのメンバーや農家の方、協業先の人びと、さらには自然環境へと広がっているのです。

  • 2 Chief Marketing Officerの略。
EFポリマー(パッケージ) ※EF Polymer様提供

取材を終えて

2025年夏、日本でも猛暑と水不足による農作物への被害が多数報道されました。ナラヤンさんが掲げる「自然の力を生かすこと」は、同社の理念を象徴しています。研究者との科学的な実験を経て、限られた資源、中でも作物残渣を使って創意工夫を重ね、自然と共に課題を解決する姿勢は、不確実な時代を生きる私たちに大いなる可能性を示してくれます。環境と人に優しい技術が地域に根づき、共に育まれていく様子に、持続可能な世界への希望を感じました。

Text by Keisuke Sumi

プロフィール

ナラヤン・ラル・ガルジャール

Narayan Lal Gurjar

EF Polymer創業者兼CEO

インド・ラージャスターン州出身。高校生時代に農業従事者である父親が水不足に悩む姿をみて、技術のコンセプトを考案。大学在学中20歳で起業。2019年にOISTのアクセラレーターへの採択をきっかけに来日し、その後沖縄本社を設立。2024年には「Forbes 30 Under 30 Asia 2024」に選出される。EFポリマーの普及を通じて、水不足を中心とした環境問題の解決を目指す。

鷲見 圭祐

すみ・けいすけ

研究員/プロデューサー

2021年に電通国際情報サービス(現 電通総研)に入社。主にクラウドベースのコミュニケーション基盤を活用したCRMやコールセンターシステムの構築に従事。2025年より現職。「科学技術が社会構造に与える影響」「科学的根拠に基づいた意思決定(EBPM)」に関心をもつ。理学修士。

増田 圭一

ますだ・けいいち

研究員/プロデューサー

滋賀県生まれ。1998年に電通国際情報サービス(現 電通総研)に入社し、主に東証プライム市場に上場する企業向けに経営管理、管理会計システムの導入コンサルティングに従事した後、2025年1月より現職。地域社会と関わる中で「インクルージョン」「社会関係資本」「気候変動(農業と食)」に関心をもつ。

青山 公亮

あおやま・こうすけ

研究員/プロデューサー

2023年1月より電通総研。主な活動テーマは「ケア」「社会システム」。PRプランナーの実務経験と社会科学研究のバックグラウンドを生かして研究活動をおこなう。