仕事のチャットツールでのやりとりで「スタンプは失礼にならないか」「この時間に連絡してよいか」と迷う場面は少なくありません。こうした迷いは職場での安心感(心理的安全性)にも関わります。ルールの有無によって、デジタルコミュニケーションの捉え方はどう変わるのか。調査結果から、職場におけるルール整備のあり方を考えます。
◎「電通総研コンパスvol.16デジタルコミュニケーションと感情労働に関する意識調査」レポート
1. 職種・業種によって異なるデジタルコミュニケーションの利用実態
仕事におけるデジタル/対面コミュニケーションの割合を職種・業種別に分析した結果、職種・業種によって異なることが確認されました※1 。「その他フリーランス」「IT/情報処理技術職」はデジタルの割合が高く、一方、対面での業務が多い「医療関係」、「介護/福祉」はデジタルの割合が低いことが見て取れます。
※ 1 「あなたの仕事における対面コミュニケーションとデジタルコミュニケーションの割合を、合計100になるように入力してください(数値入力)」に対して回答した、職種・業種別平均値。
2. デジタル利用の進展とルール整備の現状
次に、勤務先におけるデジタルコミュニケーションに関するルール・推奨事項の有無を尋ねたところ、「ない」と回答した人が68.9%を占めました。職種・業種別に見ると、デジタルコミュニケーションの割合が高い「その他フリーランス」の83.7%、「IT/情報処理技術職」の55.7%が「ルール・推奨事項はない」と回答しています。この結果から、デジタルコミュニケーションの利用が進んでいる職種・業種であっても、必ずしもルール・推奨事項が整備されていない状況がうかがえます。
また、「ルール・推奨事項がある」と回答した人には、具体的な内容を自由記述形式で回答してもらいました。その結果、デジタルコミュニケーションのデメリット※2 を補完する形でルールが整備されていることがわかりました。具体的には、「コミュニケーションのマナー」「カメラとマイクの使用」「時間管理」「作業の効率化・簡素化」「通信環境の改善」などが挙げられます。これらは、図表に示したように、デジタルコミュニケーションのデメリットに対応する形で整理できます。
3. ルールの有無で異なる、メリット・デメリットの捉え方
ルール・推奨事項の有無によって、働く人びとのデジタルコミュニケーションに対する認識はどのように異なるのでしょうか。メリット・デメリットの捉え方の差を把握するため、自由回答データを用いてコレスポンデンス分析※3 をおこないました。
※ 3 コレスポンデンス分析:複数の項目間の対応関係を、1枚のマップ(散布図)で可視化する手法。マップ上の点と点の距離が近いほど、関連が強いことを示す。本記事では、KH Coder(ver.3.0、樋口耕一)を用いて、自由記述データを分析した。
“メリット”として認識されているポイント
ルール・推奨事項が「ある」と回答した人では、「短縮」「情報」「伝える」「可能」といった語が近い位置に配置されていることから、同じ文脈で語られやすい傾向が確認できました。具体的には、「情報がすぐに入る」「一度で複数人に情報を共有できる」など、情報伝達の即時性や業務効率の向上がメリットとして認識されている様子がうかがえます。 一方、ルール・推奨事項が「ない」と回答した人では、「行く」「会議」「済む」「節約」といった語が同じ文脈で語られやすい傾向が表れました。「現地に行かなくて済む」「対面で話さなくて済む」「時間や交通費を節約できる」など、移動や対面に伴う負担を回避できる点が評価されています。 このように、デジタルコミュニケーションのメリットは、ルールが「ある」場合は情報共有の即時性や効率性として、「ない」場合は移動・対面を省く負担軽減として認識されるなど、ルールの有無によって異なる傾向が確認されました。
※ 図では、自由記述で挙げられた語をコレスポンデンス分析により点(プロット)として配置している。点同士が近いほど、同じ文脈で言及されやすいことを示し、点の大きさ(Frequency)は出現頻度を表す。また、赤と青の囲みは「ルールあり」「ルールなし」に特徴的な語をまとめたものである。
“デメリット”として認識されているポイント
ルール・推奨事項の有無にかかわらず、コミュニケーションの精度について懸念をもっている点は同じですが、その語られ方に違いが見られました。 ルール・推奨事項が「ある」と回答した人では、「確認」「疎通」「相手」「難しい」といった語が近い位置に配置され、業務遂行における確認についての懸念が挙げられています。 これに対し、ルール・推奨事項が「ない」と回答した人では、「ニュアンス」「意図」「感情」「内容」といった語がまとまって現れました。伝えたい意味や細かいニュアンスが伝わりにくいことへの懸念に関する記述が比較的多く見られました。
※ 図では、自由記述で挙げられた語をコレスポンデンス分析により点(プロット)として配置している。点同士が近いほど、同じ文脈で言及されやすいことを示し、点の大きさ(Frequency)は出現頻度を表す。また、赤と青の囲みは「ルールあり」「ルールなし」に特徴的な語をまとめたものである。
4. ルールの有無で異なる、デジタルコミュニケーションへの感情
次に、デジタルコミュニケーションに関するルール・推奨事項が「ある」人と「ない」人で、職場のデジタルコミュニケーションに対する感情がどのように異なるのかを比較しました。その結果、ルール・推奨事項が「ある」と回答した人は、「ない」人に比べて、デジタルコミュニケーションによって「安心感が増す」と感じる人が10.5ポイント多いことがわかりました。同様に、「つながりを感じる」は6.2ポイント、「楽しんでいる」は14.5ポイント多く、いずれの項目においてもルール・推奨事項が「ある」人の方が肯定的な感情を抱きやすい傾向が確認されました。
職場のデジタルコミュニケーションに対する感情(ルール・推奨事項の有無で比較)
<まとめと考察>
今回の調査結果から、ルール・推奨事項の有無が、働く人びとのデジタルコミュニケーションの捉え方に機能面と感情面の両面で違いを生じさせる傾向が明らかになりました。
まず機能面に目を向けると、ルール・推奨事項が「ある」職場では、情報伝達の即時性や業務効率の向上がメリットとして評価される一方で、確認不足への懸念が指摘されました。一方、ルール・推奨事項が「ない」職場では、対面や移動の負担軽減が評価される反面、ニュアンスや感情など伝えたい意味が伝わらないという不満が生じやすい傾向が見られました。ルールやガイドラインが存在しない状況では、デジタルコミュニケーションツールの使い方が個人に委ねられ、結果として伝達方法にばらつきが生まれやすいことが背景にあると考えられます。
次に感情面を見ると、ルール・推奨事項が「ある」職場は、「ない」職場に比べて、デジタルコミュニケーションによって安心感やつながり、楽しさなどの肯定的な感情を抱きやすい傾向が確認されました。ルール整備が単なる運用面の管理にとどまらず、働く人びとの心理的安全性や帰属意識の醸成に寄与している可能性が示唆されます。
これらの結果から、職場でデジタルコミュニケーションのルール設計・運用を検討する際には、 ① 業務効率化(即時性・省力化) ② 伝達の確実性(誤解や抜け漏れの防止) ③ 心理的安全性(安心感・つながり・楽しさ) の三つの観点をどのようにバランスさせるかが重要と考えられます。 ツールの利用を促すだけでなく、確認の方法や補足的なコミュニケーションの取り方についても一定の指針を示すこと、また「どのような内容をデジタルで扱うのか」「どのような場合に対面を選択するのか」といった判断基準を共有することが、デジタルコミュニケーションをよりよいものにしていく鍵となりそうです。
調査概要
メール・ビジネスチャットツール・オンライン会議ツールのすべてを「使用したことがない/知らない」と回答した人、および調査業・広告代理店業を対象者から除き、令和2年総務省国勢調査をもとに性年代別人口構成比に合わせて割り当て、有職者2,000人を対象者とした。さらに職種別・業種別分析のために、職種・業種ごとに均等回収しながら1,000人追加し、合計3,000人に対して調査を実施した。なお、分析上、人口構成比に合わせた有職者2,000人を全体値とする。
予備調査(SCR) 本調査 調査時期 2025年12月2日~12月12日 調査時期 2025年12月8日~12月10日 サンプル数 70,000ss サンプル数 3,000ss 対象者 全国18~69歳の男女 対象者 全国18~69歳の男女 調査方法 インターネット調査 調査方法 インターネット調査
※ グラフ内の各割合は全体に占める回答者の実数に基づき算出し四捨五入で表記しています。また、各割合を合算した回答者割合も、全体に占める合算部分の回答者の実数に基づき算出し四捨五入で表記しているため、各割合の単純合算数値と必ずしも一致しない場合があります。 ※ 全体値(2,000サンプル)の標本サイズの誤差幅は、信頼区間95%とし、誤差値が最大となる50%の回答スコアで計算すると±2.2%となります。
Text by Nodoka Zamami Photo by Chris Montgomery on Unsplash